73 / 95

4.甘くて、甘くて、苦いもの(6)

***  バレンタインデーは女子だけが盛り上がるわけではない。実際、ソワソワしているクラスメートもちらほらいるのも事実だ。でも、今の俺には関係ない。  ……いや、俺から要にプレゼントでもしようか?  調べてみれば、海外では男性から女性へ花をプレゼントするとか。まぁ、要は女じゃないし、花をもらっても、困るか。 「柊翔、お前、バレンタインデーって、受験日?」  クラスの一人が興味津々で聞いてくる。 「あ?いや、12日だよ」 「なんだよ~!お前いるのかぁっ!」 「なんで、俺がいちゃまずいんだよ」  ちょっとだけ、ムッとしながら言い返すと、 「だって、お前いないだけで、俺にもチョコがまわってくる可能性もあがるかと思ってさぁ」  エヘヘ、と笑ってるのを見ると、呆れるしかない。 「俺がいようが、いまいが、関係ねーだろ。貰える時は、貰えるし、貰えない時は、貰えないだろうが」  俺はバックを持つと、要のいる教室に向かって席を立った。  要の教室に行くと、ヤスくんたちと、いつも通りに楽しそうに話している。一時期の暗い表情を見ているだけに、今みたいな笑顔がみられるだけでも、俺には癒しだったりする。この受験でイライラしてる気分だって、要のおかげで、荒れずに済んでるんだし。 「あ、鴻上先輩!獅子倉くんですか?」  教室の入り口に集まっていた女の子の一人が、俺に声をかけたきた。何人もいる中、彼女が代表みたいに話しかけてくる。 「うん。そう」  とりあえず、ニッコリと笑って流す。 「獅子倉く~ん!」  彼女の声が教室に響く。その声に、すぐに振り向く要は、いつもの少しびっくりした顔。  ……やっぱ、カワイイ。  だからといって、要のクラスメイトのいるところで、顔を緩めるわけにはいかない。  この時期になると、要と一緒にいられる時間は、あまりなくなった。俺も追い込みで、ついつい予備校のほうにいる時間が長くなってるし、なかなか要のアパートにも行けない。  実際は、要が『来るな』と言ってるせいもある。  俺のためだっていうのはわかってるけど。俺は要の顔を見られれば、もっと頑張れる……はずなんだけど。  帰りの電車に乗りながら、参考書を見てるはずが、ついつい、隣にいる要のことを考えてる。 「柊翔、そろそろ降りるよ」  ……これじゃ、要に心配されても仕方がないか。 「ああ」  駅に着いて、ホームに降りると、俺たちは別々の改札に向かう。振り向くと、要の後ろ姿が階段を降りていくのが見えて、少しだけ寂しさを感じるけど、俺たちの未来のためにも、俺は前に進むしかない。俺は予備校へ向かった。  教室に入ると、黒板の前の席に陣取っている如月の姿が目に入る。あいつも、俺が入ってきたのに気づいたのか、後ろを向いてしゃべてったくせに、急に前を向いた。  ……ああ、俺だって、お前の顔なんて見たくない。  感情を抑えてるつもりでも、つい怒りが溢れそうになる。如月の背中を突き刺してしまいそうなくらい強く睨みつける。  亮平から、要があいつに迫られてたという話を聞いていた。要は俺には言わなかったけど。  いつも、いつも、要のピンチに俺じゃなくて亮平がいる。そんなのは、タイミングの問題で、俺自身が悪いわけじゃないけど、そばにいて守りたいと、痛切に思う。そして、悔しいとも。  入試まで、残りわずか。第一志望の模試の判定では、最近は、ほぼA判定だった。だからといって、本番でやらかしてしまわない可能性はない。ずっと要のそばにいるためにも、俺は、いろんなことをちゃんとしないと思ってるんだ。  この時期になると、授業というよりも、ほぼ自習のような状態。俺も、苦手分野の問題を繰り返し解くだけ。教室にいる先生は、手を上げた生徒のところに行って、アドバイスするだけの状態。ふと集中力がかけて、顔をあげて、軽く伸びをする。  そんな俺の視野に入ってきたのは、如月の隣に座るショートカットの女子生徒。確か、赤塚(アカツカ)とか言ったっけ。如月と同じ高校に通ってるヤツだ。なぜだか、彼女が後ろを向いて、俺を睨みつけている。  なんだっていうんだ。  ムッとしながらも、問題集に視線を落として、勉強に集中することにした。もう、入試まで時間がないのだから。

ともだちにシェアしよう!