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4.甘くて、甘くて、苦いもの(6)
***
バレンタインデーは女子だけが盛り上がるわけではない。実際、ソワソワしているクラスメートもちらほらいるのも事実だ。でも、今の俺には関係ない。
……いや、俺から要にプレゼントでもしようか?
調べてみれば、海外では男性から女性へ花をプレゼントするとか。まぁ、要は女じゃないし、花をもらっても、困るか。
「柊翔、お前、バレンタインデーって、受験日?」
クラスの一人が興味津々で聞いてくる。
「あ?いや、12日だよ」
「なんだよ~!お前いるのかぁっ!」
「なんで、俺がいちゃまずいんだよ」
ちょっとだけ、ムッとしながら言い返すと、
「だって、お前いないだけで、俺にもチョコがまわってくる可能性もあがるかと思ってさぁ」
エヘヘ、と笑ってるのを見ると、呆れるしかない。
「俺がいようが、いまいが、関係ねーだろ。貰える時は、貰えるし、貰えない時は、貰えないだろうが」
俺はバックを持つと、要のいる教室に向かって席を立った。
要の教室に行くと、ヤスくんたちと、いつも通りに楽しそうに話している。一時期の暗い表情を見ているだけに、今みたいな笑顔がみられるだけでも、俺には癒しだったりする。この受験でイライラしてる気分だって、要のおかげで、荒れずに済んでるんだし。
「あ、鴻上先輩!獅子倉くんですか?」
教室の入り口に集まっていた女の子の一人が、俺に声をかけたきた。何人もいる中、彼女が代表みたいに話しかけてくる。
「うん。そう」
とりあえず、ニッコリと笑って流す。
「獅子倉く~ん!」
彼女の声が教室に響く。その声に、すぐに振り向く要は、いつもの少しびっくりした顔。
……やっぱ、カワイイ。
だからといって、要のクラスメイトのいるところで、顔を緩めるわけにはいかない。
この時期になると、要と一緒にいられる時間は、あまりなくなった。俺も追い込みで、ついつい予備校のほうにいる時間が長くなってるし、なかなか要のアパートにも行けない。
実際は、要が『来るな』と言ってるせいもある。
俺のためだっていうのはわかってるけど。俺は要の顔を見られれば、もっと頑張れる……はずなんだけど。
帰りの電車に乗りながら、参考書を見てるはずが、ついつい、隣にいる要のことを考えてる。
「柊翔、そろそろ降りるよ」
……これじゃ、要に心配されても仕方がないか。
「ああ」
駅に着いて、ホームに降りると、俺たちは別々の改札に向かう。振り向くと、要の後ろ姿が階段を降りていくのが見えて、少しだけ寂しさを感じるけど、俺たちの未来のためにも、俺は前に進むしかない。俺は予備校へ向かった。
教室に入ると、黒板の前の席に陣取っている如月の姿が目に入る。あいつも、俺が入ってきたのに気づいたのか、後ろを向いてしゃべてったくせに、急に前を向いた。
……ああ、俺だって、お前の顔なんて見たくない。
感情を抑えてるつもりでも、つい怒りが溢れそうになる。如月の背中を突き刺してしまいそうなくらい強く睨みつける。
亮平から、要があいつに迫られてたという話を聞いていた。要は俺には言わなかったけど。
いつも、いつも、要のピンチに俺じゃなくて亮平がいる。そんなのは、タイミングの問題で、俺自身が悪いわけじゃないけど、そばにいて守りたいと、痛切に思う。そして、悔しいとも。
入試まで、残りわずか。第一志望の模試の判定では、最近は、ほぼA判定だった。だからといって、本番でやらかしてしまわない可能性はない。ずっと要のそばにいるためにも、俺は、いろんなことをちゃんとしないと思ってるんだ。
この時期になると、授業というよりも、ほぼ自習のような状態。俺も、苦手分野の問題を繰り返し解くだけ。教室にいる先生は、手を上げた生徒のところに行って、アドバイスするだけの状態。ふと集中力がかけて、顔をあげて、軽く伸びをする。
そんな俺の視野に入ってきたのは、如月の隣に座るショートカットの女子生徒。確か、赤塚 とか言ったっけ。如月と同じ高校に通ってるヤツだ。なぜだか、彼女が後ろを向いて、俺を睨みつけている。
なんだっていうんだ。
ムッとしながらも、問題集に視線を落として、勉強に集中することにした。もう、入試まで時間がないのだから。
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