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4.甘くて、甘くて、苦いもの(8)
試験を終えると、やっぱり、少しだけ気が抜けた。すでに、すべり止めのつもりで受けた大学は、合格している。それでも、本命のK大の合格発表を見るまでは、安心なんかできやしない。
ただ、バレンタインデーの雰囲気は、俺の気持ちを和らげる効果があったようだ。試験会場から帰る途中で、バレンタインデーのプレゼントに、と、小さなチョコレートが詰まったものを買ってしまった。
周り必死なは女子だらけだというのに、男の俺が、お菓子売り場でうろうろしてるだけで、十分に目立ってしまってたけど、要の笑顔を思うと、どうでもよくなる。そして、小さな箱を見て、笑顔が浮かんでしまうのだ。
バレンタインデーは、朝からめんどくさいことになっていた。下駄箱は、さすがに入れるような子はいなかったけれど。
「さすがだねぇ。柊翔くん」
俺の机の上は、いろんなチョコレートとおぼしき、箱や紙袋が山積みになっていた。
「あー。くれた子たちには悪いけど、邪魔だわー」
大きくため息をつくと、呆然と見下ろす。バックの中に入れて帰るしかないのだろうけど、それにしても量が。
「だったら、俺にくれよ」
「いや、俺に」
教室にいる男どもが、俺の周りに群がってくる。
「それもなぁ。くれた子たちに悪いし」
かといって、一人一人に返すのも面倒。
「お前に直接渡しにこないんだから、義理チョコ扱いだ。だったら、みんなで食えばいい」
そう言いながら、潤は勝手に俺の机のチョコをあさりだした。
「お前、自分がもらったチョコでも食えばいいだろ」
潤が手にしたチョコを取り上げると、「俺にくれるような奇特な女子はいない。」と言って、再び、俺の手にあるチョコを奪った。
目の前にいる潤は、確かに、ちょっと見ただけなら、背もでかいし、黒髪で一重の目は少し怖い感じもするかもしれないが。
「そんなことないと思うけどなぁ」
「まぁ、遼子くらいはくれるかもしれん……あいつがもらったチョコレートを」
確かに、潤の妹は、まるで宝塚の男役みたいにカッコイイから、女子にも人気はあるが、一宮が、チョコレートを受け取るのを許すかは疑問だ。
「朝倉~、ご指名~」
廊下のほうから声がかかった。その声に驚きながら廊下に向かう潤は、珍しく顔を赤らめていた。これで、妹からもらえなくても、チョコが食えるな、と思うと、ちょっと笑えた。
机の上のチョコをバックに詰め込みながら、要のことを思い浮かべる。あいつも、少しはチョコレートをもらったりするんだろうか。受け取っている姿を想像しただけで、少しだけ妬けてしまう。
この時期になると、授業はないし、たんに自習をしにくるだけの俺たち。まだ試験が残ってるやつらは、自宅で勉強してたりするんだろうけど。俺の方は、家にいるほうが、勉強できないし、まだ、遊びまわる気分でもない。
「お帰り」
目の前の男は、柄にもない可愛らしい小さな紙のバックを下げていた。
「うむ……もらってしまった」
照れくさそうな顔の潤が、意外で、面白い。
「何年生?」
「……一年」
「おお、勇気あるね」
三年の教室に来るだけでも、敷居が高いだろうに。
「どうすんの?」
興味本位で聞いてしまう。
「どうするもなにも。全然知らない子だしな。とりあえず、受け取るだけ、受け取ったよ」
「なに、付き合うとか、ないわけ?」
「……ないなぁ。かわいかったけど、俺のタイプじゃないし」
「そうなんだ」
「第一、あの子、渡せただけで満足そうだったし」
「は?」
「スッキリしました、って言われた」
苦笑いしてる潤。
「そいつは……その子、やっぱ、スゴイわ」
思わず、笑ってしまった。
「まぁ、ホワイトデーには学校にはいないし、何もできないしな」
そうだ。卒業式は三月一日。
もうすぐだ。
そして、要と同じ場所にいられるのも、残り少ない。
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