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4.甘くて、甘くて、苦いもの(10)

「なるほど」  目の前のコーヒーをじっと見つめる潤。 「……まぁ、あの子が、何かするとは限らないけど」  俺もコーヒーを飲みながら、窓の外を見る。少し薄暗いこの店は、少し昔の雰囲気のある喫茶店。俺たちくらいの年代のやつらは、なかなか入ってこない。 「万が一、ってこともあるし」  何も起こらないに越したことはない。 「俺が卒業したら、あいつを守ってやれないのが……一番、悔しい」 「……留年するか?」 「そういうわけにいかないっての。そんなことで留年したら、要に怒られるわ」  あいつだって、男なんだから。俺がいつまでも守ってやるなんて、おこがましいのかもしれないけど。 「じゃあさ」  潤は、腕を組んで、俺を見つめた。 「獅子倉に、彼女がいるように見せればいいんじゃねぇの?」  ……は? 「お前のつきあってる奴は内緒ってことなんだろ?」 「まぁ、そう言ったけど」 「だったら、獅子倉に彼女がいるように見せたほうが、まだ、いいじゃん」  要に彼女……?  そう思っただけで、イラッとしてる俺。 「……うわ。すげぇの見たわ」 「え?」  潤が面白そうな顔で俺を見ている。 「お前がヤキモチやいてる顔」  ニヤニヤしながら言う潤に、こっちは思わず真っ赤になってしまう。 「でも、まぁ、偽物の彼女ってなると、事情のわかってる子じゃないと……獅子倉に惚れられても困るしな」  そんな子は、佐合さんくらいしか思いつかないし、彼女がヤスくんと付き合ってるのは、クラスの中では周知の事実だし。 「相手の子、二年だって言ってたよな」 「ああ」 「とりあえず、その子が卒業するまでの間、ってことを考えればさ」  ニヤリと笑う。  ……なんか、嫌な予感しかしない。 「遼子か一宮あたり……なんて、どうよ?」  ……は? 「何言ってんだよ」 「いいじゃんか。あの二人は獅子倉に気はないけど、事情はわかってるんだし」 「……そうだけど」 「あいつらにしたって、獅子倉の存在は、悪くはないと思うけど」  あの二人が付き合ってるのは、知ってるけど。  ……確かに隠れ蓑にはなるけど。 「要と一応、相談するよ。俺が勝手に決めたら……あいつ……怒るに決まってる」 「まぁ、そうだろうな……となると、バイト先の子のこと、話さないといけないけど」 「……だよなぁ」  要のことを思うと、ため息しか出てこなかった。  駅で潤と別れると、ちょうどきた電車に乗り込む。  いったん、家に戻るか。  要のアパートに行きたいところだけど、まだ授業が残ってるだろうし。  とりあえずは、まず、要に連絡しないと。  スマホをとりだし、要にメッセージを送る。 『今日はバイトないよな?そのまま帰ってくるか?』  今頃、午後の授業が始まるくらいだから、メッセージに気が付くのはもう少し後か。そう思っていたら、すぐに既読がついて、返事も来た。 『まっすぐ帰るつもり。来る?』  このメッセージを打ってる要を思って、つい笑顔になる。 『駅まで迎えに行く。電車に乗ったら連絡くれ』  要は、チョコレートをもらったのかな。  ふと、そんなことを思っては、少しだけ、やきもきしている俺。  ……やっぱ、要がいないと、ダメみたいだ。  スマホに大事にしまっている、要の寝顔の画像を見て、思わず、にやける。こんな顔、要には見せられない。

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