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4.甘くて、甘くて、苦いもの(11)

 家に帰って、もらったチョコレートを母に渡す。甘い物が大好きな母は、大喜びで箱を開けだした。 「まぁ、手作り!?」 「これは、有名ブランドね、高かったでしょうに」 「チ○ルチョコなんて、懐かしい!!」  一つ一つに、声をあげていく。そんなに楽しいものなんだろうか。 「ところで、本命の子からは、もらえたの?」  自分の部屋に行こうとした時、母が何気なく言ってきた。  まだ、要のことは言えていない。まだ、言っちゃいけない。  そういう『感じ』が、ジリジリと心の底の方にある。 「……今は、そういうのいないから」  振り向きもせず、そのまま自分の部屋に入る。  着替え終えて、自分の部屋で本を読んでいると、スマホにメッセージが届いた。そのメッセージで要が電車に乗ったのがわかると、俺はバックに、要へ渡すチョコレートを入れた。 「要のとこに、言ってくる」  玄関先で、それだけ言うと、母親の声も聞かずに、家を出る。  駅の改札で、要が出てくるのを待ちながら、電車が到着するたびに、乗っていない電車でも、ついつい人の流れを見てしまう。  そして、ようやく要の姿が見えると、ドキッとしてしまうのだ。  あいつが俺を見つけて微笑んで見せるだけで、幸せだと思えてしまう。これから、面倒な話をしなくちゃならないのに。 「おかえり」  笑顔で迎えた俺に、同じように嬉しそうに微笑む要。他愛無い会話をしながら、要のアパートへ向かう俺たち。この時間は、俺にとっても、要にとっても幸せな時間だと思いたい。そして、この笑顔をずっと見ていたい。  部屋につくと、スーパーで買ったものを冷蔵庫につめる要。俺はさっさとコートをぬぐと、仏壇の前に座る。来るたびに、おばさんの写真と向き合って、俺は守れているかな、と自問自答する。笑顔のおばさんは、何も答えてはくれないけど、その笑顔が俺の背中を押してくれているような気持になる。 「柊翔、コーヒー飲む?」 キッチンから聞こえる要の声で、急に現実に引き戻される。 「飲む」  そして、俺はバックの中をあさって、プレゼントのチョコレートをとりだした。俺の手にあるものを見て、驚く要。 「柊翔、チョコ一個しかもらえなかったの?」  テーブルの上には、いくつかのチョコらしき箱が置かれてる。 「なに、要は、こんなにもらったの?」 「全部、義理チョコです!」 「本当に?」  義理チョコでも、なんとなくヤキモチを妬いてしまう俺。 「本当ですって。俺なんかに、マジでくれる子なんかしませんから」  クスクス笑う要。 「じゃあ、これ」  要の手を取って、その上にチョコを置く。 「え?」 「これは、俺が買ってきたやつ」  やっぱり、少しばかり恥ずかしいな。自分でも顔を赤らめている自覚はある。 「ええぇぇぇぇっ!?」  大きな声を出した要は、俺の顔と、手元のチョコレートを何度も往復して見ていた。 「お、俺、何も用意してなくてっ」 「いいって。俺が、そういう気分だっただけだし」  顔を真っ赤にしながら、嬉しそうにチョコを見つめる要が、愛しくて、思わず抱きしめてしまう。 「要が喜んでくれるだけで、満足」  要の額に、軽くキスする。照れくさそうに笑い要に、俺の理性もギリギリ状態。このまま、唇を重ねたくなってしまうけど。 「要……大事な話があるんだけど」  ちゃんと話をしなくちゃいけない。身体を離して、少し熱くなった自分自身を、落ち着かせないと。 「……大事な話?」  言葉だけで、要の身体に力が入ってしまうのがわかる。何度も、そんな『大事な話』ばかりが、繰り返されてきたことを思い出してしまう。  だからこそ。  要をちゃんと守りたい。  もう、泣き顔は見たくない。

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