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5.始まりの季節(2)

「さっそくだけど」  他愛無い話をして、それぞれ食べ終えると、一宮先輩が少し声を落として、俺に話し出した。 「鴻上先輩から聞いたわ。境って、確かテニス部の子だったと思うんだけど?」 「そう、一年のとき、私とクラス一緒だったよ」 「今は、遼子の隣のクラスだったかしら?」 「うん……鴻上先輩を脅すような子にはみえなかったけどね」 「……今も、上の窓から見下ろしてるわ。気を付けて」  そう言われて、見上げてしまいそうになった俺の腕を触ってきたから、一宮先輩を見てしまう。 「獅子倉くん、一応、彼女役は、私がやるわ」  一宮先輩が微笑むと、一瞬、ドキッとする。 「惚れるんじゃないわよ」  隣にいる朝倉先輩が、怖いくらい低い声で、俺に警告する。 「これからは、『要くん』って呼ぶわね。だから、要くんは、私のこと、『遥』って呼んで」 「え、いや、それは、ちょっと」  目の前でヤキモチ丸出しの朝倉先輩を目の前に、それは気が引ける。 「あ、あの、せめて、『遥先輩』じゃだめですか?」  おどおどと俺が言うと、逆に呆れたような顔をされた。 「そんなの、他の後輩もそう呼ぶんだから、彼氏っぽくないでしょ」 「そう言われても……」 「じゃあ、『遥さん』でいいわ」  一宮先輩がいいと言っても、問題なのはそっちではなく。  いいんですか?という意味を込めて、朝倉先輩を見ると、渋々、納得したように頷いた。 「わかりました。……遥さん」 「それと、遼子、あんまりヤキモチ妬かないで」  そう言うと、俺の目の前で、朝倉先輩の頬にキスをした。  思わず、俺の方が顔を赤らめてしまう。 「だって……」  朝倉先輩は拗ねたように一宮先輩に視線を向ける。 「学校でだけだから。ね?」 「目の入るところでされたら、私だって」 「……じゃあ、別々に行動する?」 「そっちのほうが、もっと嫌!」  ……朝倉先輩って、ストレートに感情を出して、カワイイと思ってしまった。 「朝倉先輩、俺だって、そんなベタベタするつもりないですから。心配しないでくださいよ」  思わず、笑ってしまう俺を、ムッとした顔で見る朝倉先輩。 「したら、ぶっとばす」 「遼子」  笑いながらたしなめる一宮先輩。  いいなぁ、この二人の雰囲気。  俺も自然と笑みが浮かぶ 「とりあえず、昼休みは一緒に行動するようにしましょ?私は部活があるから、朝も帰りも一緒にできないけど」 「……どれくらいで、信じてもらえますかね」 「それは……彼女に聞かないとわからないわね」 「さっさと諦めて、別の人に恋すればいいのに」  朝倉先輩は軽くそういうけど、本気で好きだったら、なかなか先に進めないんじゃないか。  そう思った時、ふと、亮平の顔を思い浮かべてしまった。 「今日は私が来たけど、これからは要くんが迎えに来て」 「えっ!?」  俺が二年生のところに?思わずギョッとする。 「そうじゃなきゃ、境に気づかれないじゃない」  じゃ、明日から、よろしくね、と言うと、二人は仲良く、教室に戻って行った。  明日からのことを考えると、少しだけ気が重い。ほとんど行ったことのない二年の教室。  いや……境先輩が諦めてくれなければ、先輩たちが三年になっても行かなきゃいけないのか。 「お帰り~。ずいぶん長かったんだな」  席に戻ると、さっそくヤスに話しかけられる。心配そうに見つめる佐合さん。 「ん……ああ、ちょっと」 「何だよ、ちょっとって」 「後で、二人に話しておきたいことがあるんだ」  さすがに、もうすぐ午後の授業が始まる。前のほうの入口のドアがガラッと勢いよく開いた。 「とにかく、放課後な」  そう言って自分の席につく。  授業が始まれば、そっちに意識が集中するかと思ったけど、つい、境先輩のことを思いだす。そして、このまま、あそこでバイトを続けていいものなのか、とも。

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