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5.始まりの季節(7)
そうやって一宮先輩とやりあっている間に、朝倉先輩は、別の友人関係のSNSのグループに、俺たちの画像を投げ入れていた。その画像を見たのだろうか。二年の階のほうのあちこちから、叫び声が聞こえてきたと、思ったら、廊下の窓から、数人の女子の先輩たちが身を乗り出して、俺たちを見下ろしている。
「遼子っ!マジでっ!?」
「てか、遥も一緒って、何それっ?」
「ちゃんと、説明しなさいよっ!」
猛抗議のような声が降り注ぐ中、一宮先輩も朝倉先輩も楽しそうに、大笑いしている。
「……わ、笑えないっすよ……」
俺は、柊翔の顔を思い浮かべて、血の気がひいてきた。
だって、朝倉先輩も、一宮先輩も……思い切り、俺の顔に頬をよせて撮るんだものっ!こんな綺麗な先輩たちに、こんなことされて赤くならないやつなんかいないと思うんだけど。ああ、自分の携帯を見るのが怖い。
なんだか、いろんなところから見られている気がしながら、自分の教室に向かう。気のせいかもしれないけど、人から向けられる視線がチクチク感じる気がする。教室に戻ると、それは、気のせいではなかったようで、自分の席に戻るまで、ヒソヒソと囁かれている。
何を話されてるのか気になるけど、さっきのことが恥ずかしすぎたのと、誰に向かって聞けばいいのか、わからないくらい、周りの視線が痛かった。
「要、昼間っから、お熱いねぇ」
ニヤニヤしながら、ヤスが話しかけてきた。
「なっ!?お前、見てたのかよっ」
顔を寄せて、できるだけ小声で言うと、面白そうな顔をしながら携帯を振って見せた。
「見てたも何も、一気に広まってるぜ?」
ほれ、と言って見せてくれたのが、一宮先輩たちの撮った画像ではなくて、他の誰かが撮った、二人にキスされてる画像。
「えっ!?何、こんなの誰が?」
「知らないけど、俺はSNSのグループの中で見つけたんだけど。」
は、恥ずかしすぎるっ……!
「でも、部活もやってない一般ぴーぽーな俺のところまで来るってことは、校内じゃ、すっかり知れ渡ってるんじゃねぇ?」
携帯を見ながら言うヤス。
「ここまで、広まれば、あの境先輩ってのも、鴻上先輩を脅すネタには思わないんじゃないの?」
クスクス笑いながら、先輩たちも、すごいわねぇ、なんて言う佐合さん。
「……だといいんだけど。でも、こう急だと、余計に疑われるんじゃないかと、逆に心配になるんだけどな」
「うーん、どこまでやれば信じてもらえるのかしら」
「どうなんだろうね」
午後の授業の教科書を机の上に出しながら、苦笑いをする。
「境先輩が、これからどういうアプローチしてくるかわからないけど。俺は、できるだけ、柊翔に迷惑かからないようにしたいだけなんだ」
「それにしたって、朝倉先輩たち……悪のりしすぎじゃね?」
ヤスまで、佐合さんと一緒に笑いだした。
「鴻上先輩、あの画像見て、どんなリアクションするのか、すげー気になるっ」
ヤスは楽しそうに笑いながら、そう言った。確かに、俺も気になるけど、その肝心の柊翔からの連絡が来ない。携帯をチラリと見るけど、メッセージもない。
「ふぅっ」
つい、大きなため息が出てしまう。
「大丈夫よ。鴻上先輩なら、きっと。だいたい言いだしたのは、先輩のほうでしょ?これくらい我慢してもらわなくちゃ」
「佐合さん……」
優しく笑い佐合さんを見つめていると、ヤスがいきなり立ち上がり、俺の背後に回ったかと思ったら。
「要、これ以上はダメだっ!」
そう言って、俺の目を両手で隠した。
「お、おいっ!?」
「茜もっ!俺だけ見てればいいのっ!」
あからさまなヤスのヤキモチに、俺も佐合さんも、大笑いしてしまった。
「わ、笑うなっ!俺は、これでも真剣だっ!」
必死な声のヤスに、思わず、俺の目を隠している腕を、ポンポンと叩いた。
「大丈夫だって。お前、そんなんじゃ、佐合さんに呆れられるぞ?」
「ほんと、ヤスくんてば。そんなに私って信用されてないのかしら」
少し寂しそうに言う佐合さんの声に、ヤスは慌てて手を放す。目の前に現れた佐合さんは、クスっと笑ってる。
――やっぱ、女ってすげぇ。
あの佐合さんですら、こんな風にヤスを翻弄してるということに、驚いた俺だった。
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