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5.始まりの季節(9)
***
目の前にいる、親父と母親は、黙々と目の前の夕飯を食べている。要が帰った後、そのまま自分の部屋に行こうとしてた俺を、母親に呼び止められて、親父が食べ終わるのを待っている。
せっかく合格したというのに、こうも雰囲気が悪いのは、さっきの通学の話のせいだろう。
「柊翔、お前、叔父さんのところから通うのが嫌なのか」
お茶を飲みながら、俺を見る親父。いつもならビールを飲んでいるのに、お茶にしているのは、真面目に話さないといけないと、思っているからか。
「だって、家からだって通えるじゃないか」
確かに通学時間はかかるかもしれない。だけど、俺が家を離れたら、要は、一人になってしまう。いつだって、俺が守ってやりたいと思ってるのに。
「通学時間もバカにならないだろう」
母親と同じようなことを言う。
「大学に行ったら、勉強だけじゃい。アルバイトやサークルだってやりはじめたら、どんなに時間があっても足りなくなるぞ」
「なんとかなるよ」
「そんなに甘くはない」
「大丈夫だって」
もう、この話は終わり、と、いうつもりで立ち上がった。
「……要くんが心配?」
ふいに、母親が真剣な眼差しで俺に言ったその言葉に、ドキっとした。
「……なんで」
「……柊翔が、ここから離れられないのは、要くんがいるから?」
「要は関係ない」
できるだけ冷静に答えようとするけれど、喉がカラカラに乾いていく。
「……本当に?」
「ああ」
なんで、急にそんなことを言い出すんだ。親父と母親、二人からの視線に耐えられなくて、その場を離れようとした。
「……あなたは嘘が下手ねぇ……」
母親がため息をつきながら、呆れたような顔で俺を見た。
「何言ってんの……」
予想もしない言葉に、身体が固まり、顔も強張る。
「あなたは隠してるつもりかもしれないけど、お父さんも、お母さんも、あんたが要くんが大好きなのわかってるから」
「は?そりゃ、要のことは好きだよ。でも、それとこれとは」
「お母さんが言ってる『好き』は、そういう『好き』じゃないのよ」
身体中の血がサァーッと下がっていく。フラッとしそうになったのをなんとか踏ん張って立っているために、拳を強く握りしめる。
今まで、要を家に連れてきても、できるだけ親には気づかれないようにしてきたつもりだった。なのに、俺の気持ちがバレてたってことか。頭の中はグルグルと過去の出来事を思い返してしまう。
「柊翔、座りなさい」
親父が、いつも通りの口調で促した。俺は力なく椅子に座ると、二人の顔を見ることなく、テーブルの上で握りしめている自分の両手をジッと見つめた。
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