3 / 5
3
真っ黒な髪をした、自分より頭一つ分背の高い青年が、腕を掴んでいる。前髪から覗く切長の青い瞳を見開いて、彼は円を見ていた。
「……あ、んた」
「——え……なに」
突然の出来事に、円は上手く話せない。途端に自身の身体が強張るのが分かった。
——その感覚は、植物を起源種とする人間の防衛本能である。
(こ、この人……もしかして)
蟲の起源種の人間の匂いはまだ親しみのあるもので、円自身その友人も多数いる為、嗅ぎ慣れている。けれどこれは、それよりももっと危険な——鋭く甘い、強者の匂い。
(獣種の人ッ……!!)
逃げないと、と咄嗟に思った。植物出身の人間が一番遠ざけなければいけないもの——それは、獣種による“捕食”である。
円の体質上、蟲と獣両方を惹きつける強い匂いを発するため、下手をすれば大勢に襲われてしまう危険があった。だからずっと、抑制剤で匂いを抑え込んでいたのだ。
(まだ匂い残ってた……? どうしよう、いつもこんなんじゃないのに……!)
「は、離して下さい……!」
振り解こうとしてもびくともしない。逆に掴まれた腕に力が込められて、ますます動けなくなってしまう。
待って! と言いながら円と視線を合わせようとする彼は、必死に、確かめるように顔を覗き込んできた。
「あんた、名前は?」
「え……?」
「学年は? どこの人?」
(え? え……? なに)
「に、二年の……霧乃、円です……」
(なんでこんな危なそうな人に名前教えてんだろ……)
つい勢いに負けてしまった。聞いた本人は何やらぶつぶつ呟いている。獣種といっても、彼が何を起源種にしているのかは分からない。けれど、黒くて艶のある髪と宝石のような青い瞳——見つめられると何だか落ち着かなかった。
「俺、一年の埃沢大飛(あいざわやまと)っていうんだけど……」
少しの沈黙の後、埃沢と名乗った男は「場所変えて話さない?」と提案してきた。
円は断る事も出来ず、そのまま大飛の後を付いて行った。
ともだちにシェアしよう!