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 真っ黒な髪をした、自分より頭一つ分背の高い青年が、腕を掴んでいる。前髪から覗く切長の青い瞳を見開いて、彼は円を見ていた。 「……あ、んた」 「——え……なに」  突然の出来事に、円は上手く話せない。途端に自身の身体が強張るのが分かった。  ——その感覚は、植物を起源種とする人間の防衛本能である。 (こ、この人……もしかして)  蟲の起源種の人間の匂いはまだ親しみのあるもので、円自身その友人も多数いる為、嗅ぎ慣れている。けれどこれは、それよりももっと危険な——鋭く甘い、強者の匂い。 (獣種の人ッ……!!)  逃げないと、と咄嗟に思った。植物出身の人間が一番遠ざけなければいけないもの——それは、獣種による“捕食”である。  円の体質上、蟲と獣両方を惹きつける強い匂いを発するため、下手をすれば大勢に襲われてしまう危険があった。だからずっと、抑制剤で匂いを抑え込んでいたのだ。 (まだ匂い残ってた……? どうしよう、いつもこんなんじゃないのに……!) 「は、離して下さい……!」  振り解こうとしてもびくともしない。逆に掴まれた腕に力が込められて、ますます動けなくなってしまう。  待って! と言いながら円と視線を合わせようとする彼は、必死に、確かめるように顔を覗き込んできた。 「あんた、名前は?」 「え……?」 「学年は? どこの人?」 (え? え……? なに) 「に、二年の……霧乃、円です……」 (なんでこんな危なそうな人に名前教えてんだろ……)  つい勢いに負けてしまった。聞いた本人は何やらぶつぶつ呟いている。獣種といっても、彼が何を起源種にしているのかは分からない。けれど、黒くて艶のある髪と宝石のような青い瞳——見つめられると何だか落ち着かなかった。 「俺、一年の埃沢大飛(あいざわやまと)っていうんだけど……」  少しの沈黙の後、埃沢と名乗った男は「場所変えて話さない?」と提案してきた。  円は断る事も出来ず、そのまま大飛の後を付いて行った。  

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