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16 身体を重ねて君を知る3

「井ノ上っ……あーもう! 痛くても自業自得だぞ」  ギリギリまで引き抜いて一気に根元まで挿れると、細い腰が跳ね、中がギュウギュウと絡みついてくる。あまりの気持ちよさにもう一度、もう一度と繰り返し、どんどんとスピードを速めていく。 「ぁっ……な、かにし」 「井ノ上……めちゃくちゃ好きだから……ごめんっ」  自分がなにを言っているのか分からないまま必死で腰を使っていけば、悠人からも甘い声が零れていく。嬉しくて握ったままの手を悠人の顔の横に押しつけて、開いたままの唇にキスをした。もう余裕なんてなくて、目指す一点に向けて必死に駆け上っていく。  パンッパンッと肉のぶつかる音がするほど激しく打ち付ければ、気持ちいいのかくぐもった声がどんどんと溢れてきて、かけらも零さないようにそのすべてを吸い取っていった。  悠人と一つになっているのが嬉しすぎて夢中になっていく。  唇を貪りながら、最後の瞬間を迎えると、ようやく唇を離すことができた。 「ごめん井ノ上……」  あまりにも悠人の中が気持ちよくて、抜いてから射精なんて高等技術は無理だった。できるのは体重をかけないようにすることばかり。 「次はもっと優しくする。本当にごめんな」  紅潮した頬にキスをして身体を起こせば、力を失った中西が出るのを追いかけるように、白濁が悠人から零れ落ちた。それを慌ててティッシュで拭いて、また指をその中へと潜り込ませる。 「なかにし……なに?」 「俺の精液出しておかないと井ノ上が大変だから、じっとしていて」  ゆっくりと精液を掻き出すように何度も指を出し入れし、綺麗にしていきながら中途半端に勃ったものに目が行く。自分の快楽を優先させてしまった罪悪感もあって、それをペロリと舐めた。 「ひっ……なにをする!」 「これ、達かせてあげようと思って」 「いいからっ!」  けれど悠人に痛い思いをさせて自分だけ気持ちよかったなんて嫌だ。初めてのセックスの思い出が最悪だったなんて結果は断じて許せなくて、エッチなビデオの女優がしていたようにそれを口に咥えた。 「ぁぁっ……やっ」  敏感な場所を舌で舐めながら頭を上下させれば、悠人が髪を掴んで止めようとしてくる。振り切ってひたすら悠人を悦ばせていった。悠人の中の締め付けを思い出して吸いながら圧を加えれば、細い腰が揺らめき始める。 「なかにしぃっ」  甘ったるい声が呼ぶのが名前だったらどうなんだろう。 「拓真って呼んで……俺も悠人って呼ぶから」 「た……くまっ」 「悠人の声、すっげー可愛い……もっと気持ちよくするからな」  また口に含んでたっぷりと舐めては吸ってを繰り返した。髪を掴む指に力を入れながら悠人が甘い声で何度も名前を呼んでくる。嬉しくて張り切りながら、中の精液を掻き出すのも忘れない。 (今度は挿れながら前弄ってみようかな……そしたら井ノ上……悠人はどんなに色っぽくなるんだろ)  次に期待を馳せながら追い上げていけば、甲高い声を上げながら悠人が口内で射精をした。喉の奥に堪った精液をゴクリと飲み込む。 「はぁはぁ……馬鹿、飲んだのか」 「うん」 「すぐに吐き出せ!」 「でも悠人のだし、もう飲んじゃったし……」 「なんでこんなことするんだよ……あれで終わりじゃなかったのか!?」 「達ってなかったからさ。ごめんな、今度はもっと巧くやるから」  許してと言いながらその頬に口づける。  それだけで悠人が真っ赤になった。 「えっ!」 「……見るなバカッ」  すぐに両手で隠そうとするのを阻んで、真っ赤になっている顔を見下ろす。飄々としているのがデフォルトの悠人が頬へのキスだけで赤面するなんて想像もしていなくて、まじまじとその顔を見つめれば何度か視線を泳がせながら合わないようにする照れた仕草に気づき、一層可愛いと思ってしまう。  綺麗で時折見せる可愛い表情にどんどん惹かれる。 「悠人が俺のコイビトになってくれてめちゃくちゃ嬉しい。ありがとう……だからこれからずっと、俺と一緒にいて」  真っ赤になっている頬に顔をくっつけて嬉しさを身体中で表現した。 「ばか……」  いつもの憎まれ口も可愛く感じてしまうのは仕方ないだろう。初めてのセックスの後にこんな可愛い仕草を見せつけられたらまた元気になってしまう。それに慌ててブレーキをかけるようにそっと悠人から離れた。 「ちょっと待ってろよ、今タオル持ってくるから」  洗面台へと駆け込み、綺麗で新しめのタオルを掴むと水に浸し力一杯絞った。  出てきたときと同様慌てて戻ってから、悠人の身体を拭っていく。十月に入ったばかりで少し肌寒いが、火照った肌に冷たいタオルは心地良かったのか、細く長い息を吐き出した。  くったりとベッドに横たわったままの悠人を清め、服を着せていく。  時計を見れば約束の三十分前だ。 「そろそろ帰らないといけないのか……」  時間があっという間に過ぎていってしまう。もっと一緒にいたいし、もっと笑った顔を見たいけれど、また明日病室を訪ねればいい、今度は勉強道具を持っていけば長居しても許されるだろう。  疲れてぼんやりとする悠人に声をかけて、その身体を起こす。 「歩けるか?」 「……大丈夫だ」  ふらふらしながら車椅子に乗せて鍵を閉めてから、徒歩で十分の距離を少しだけゆっくりめに歩いた。  もう薄暗くなった空は秋の薄い雲がたなびきながら茜色に染まっている。夕方になるとやはり少し肌寒くなって身を縮こませる。悠人の膝掛けがずれていないかを確認しては何度も直し病院へと向かう。  悠人と心を交わしたのが嬉しくて跳ね上がりたくなる。こんな気持ちで思い切り飛べたなら、空がもっと近づいただろうか。  もう無理なのは分かっていても、今ならどこまでも高く飛べそうな気持ちだった。  帰り道、一言も悠人が声を発さないのすら気にならないくらい舞い上がったまま、病院へと辿り着く。 (もうすぐ井ノ上と別れるのか)  それだけが少しだけ名残惜しい。もっと一緒にいたいと願ってしまうのは決してわがままではないような気がする。  そういえばあの小説でもマドンナが笑っている姿を遠目に見て描写するほど気になる主人公がいた。その時、きっと今の自分と同じ気持ちだったに違いない。密かに憧れ好いていた人の笑顔は、どんな時だって心を軽やかにしてくれる。 (明日また逢いに来ればいいんだから、ちょっとの我慢だ)  今日長く一緒にいられた分、肌を重ねて近づけた分だけ、我慢できる。  循環器科の階へと到着した二人をそわそわしながら出迎えてくれたのは市川だ。 「おかえりなさい……って悠人君大丈夫!?」  一瞬にして市川から笑顔が消えた。 「え?」 「悠人君、悠人君! ……すぐに杉山医師を呼んできて!!」  膝掛けの下に隠れていた手を取り出せば、真っ白を通り越して指先が青くなっていた。 「なん、で……?」  慌てて前に回れば車椅子に凭れかかったままぐったりしている悠人がいた。顔色は悪く、薄紅色の唇が紫へと変わっていた。  周囲が一瞬にして騒がしくなる。  市川がすぐさま体温計と血圧計を持ってきて数値を図っていき、いつもはのんびり歩く杉山も、珍しく走ってきては悠人の顔色を見て看護師にどんどん指示を出していく。  悠人を乗せたままの車椅子を奪われ、市川がどこかへと運び込むのを黙って見ているしかなかった。 「ゆう、と……」  今にも死んでしまいそうな表情が脳裏に焼き付いて離れない。ついさっきまで笑っていたのに、なぜ。不安で右腕をさすった。そこには悠人が付けたばかりの爪痕が残っている。 「中西君、何があったんだい?」 「なにって……」 「帰ってくるまでの三十分くらい、何をしていたんだ。言いなさい!」  珍しく杉山が声を荒げた。それだけ悠人が危ないのだと気づく。怖いと感じる暇すらなかった。 「ゆっ……井ノ上は大丈夫ですか?」 「それを確かめるために何をしていたんだと訊いているんだ!」 「…………」  何をしていてこうなったかなんて明確だ。 「せっ……くす」 「なんだって……そういうことか」  杉山は目元を手で覆うと天を仰いだ。 「個人情報保護法のなんて無視すれば良かった……悠人君は心臓が激しく動かすことをしちゃいけないんだ」 「つまりそれは……前も後ろもしちゃいけなかったって……」 「そう、心拍数が早まればそれだけ負担になってしまうんだ……最初に君に言っておけば良かった。すぐにそんな展開になるなんて考えもしなかったよ」  そんな酷いなんて知らなかった……なんて口にするのは簡単だ。けれど根本が違うような気がして、中西はそこから動けなくなった。  固まっている中西をその場に残し、杉山は急ぎ足でその場を去って行った。 「中西君、大丈夫? もう帰った方がいいわ。多分落ち着くのは深夜を過ぎてからだと思うし、心配だったら明日もう一度ここに顔を出して」  忙しなく行き来する看護師の一人が声をかけられ、促されるようにエレベータホールへと追いやられる。側にいたくてもいさせて貰えないのが辛くて、言われるがまま離れなければならないのが悲しい。  中西は悠人が消えた方をただ見つめた。 「悠人……」  エレベータホールに小さな呟きが転がった。

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