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5 さよならの覚悟とスケッチブック4
「僕でいいの? 本当になんの取り柄もないですよ。あの人が言ったみたいに隣にいるのが恥ずかしいって思う時が来るかもしれませんよ」
ネガティブなことばかりを言い連ねる。
なにかを持っているとしたら、ちょっとだけ良い家に生まれたくらいだ。けれど、会社だって家の事だって碧は携わっていない、ただいるだけの存在だ。学生だからと親や兄たちに甘え、自分の力で成し遂げたものはない。
そんな碧でも傍にいていいのだろうか。
「他人の評価なんて関係ない。私は君のことが誰よりも一番綺麗だと思う。容姿もだが、なにより内面に惹かれている……それではダメかい?」
ダメじゃない、むしろ嬉しい。
嬉しいけど……。
「ごめんなさい……」
虫の鳴くような小さな声。
「ごめんなさいっ! 今お茶持ってきます!!」
結論なんて出せない。碧は逃げるように部屋を出てキッチンへと向かった。少しだけ考える時間が欲しかった。
本当にいいのだろうか。傍にいて本当に一輝の迷惑にならないだろうか。
気持ちが浮いたり沈んだりを繰り返していく。ネガティブなことばかりを考えては一輝と一緒にいられる喜びに舞い上がり、またネガティブシンキングに陥ってしまう。どうしたらいいのだろうか。先月までの、なにも考えていなかった自分に戻りたい。
『他人の評価なんて関係ない』
一輝はそう言った。その強さが羨ましい。自信が全くないから、同じような強さを持つことができずにいた。
また不釣り合いだと言われ一輝に恥ずかしい思いをさせてしまったらどうしようと悩んでしまう。
お手伝いさんに新しいお茶を用意してもらい、不慣れなお盆を持ちながら自室へ戻る。
少し離れた場所で考えようと思っていたが、考えがまとまらない。
期待、してもいいのだろうか。あと一歩が踏み出せずにいた。
勇気を出して一輝の言葉を受け入れるか、それとも逃げ出してしまうか。決めあぐねたまま部屋へと到着する。あまりに遅いと一輝が不審がるから早く決めたいのに、最後の一歩が踏み出せない。勇気が出ないまま、不器用に部屋のドアを開け中へと入る。
「あれ、一輝さん?」
さっきまで座っていた場所に一輝がいない。
「ぁっ!」
見回せばアトリエにしている奥のほうに立ってなにかを見ている。
「だめっ!」
棚の上のほうにあるスケッチブックかもしれない。あんな絵を見られたら大変だ。
お盆を慌てて勉強机に置き短い距離を全速で走って奪い取ろうとした。だが15cm以上ある身長差が邪魔をする。さらに手を上げられたらもう届かない。
「返してっ!」
「碧くん、ここに描かれてるのって……」
「だめ、見ないでっ! お願い返してぇ」
ぴょんぴょん跳ねながら奪還を試みるが、碧が必死になればなるほど一輝は意地でも返してくれない。高く掲げてページをめくっていく。すべて一輝の顔だけしかない。
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