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5 さよならの覚悟とスケッチブック5
「碧くんこれは……」
「ご……めんなさいっ」
ずっと忘れないように一輝の顔を描きとめていたなんて、未練がましいことをしていたなんて恥ずかしくて知られたくなかった。
「どのページも同じ人物だね」
「……もう会えないと思って……忘れないように……」
人物画は苦手だから誰にも見られたくなかった。それが本人ならなおさらだ。家に帰ったらまた描こうと置きっぱなしにしていたことを後悔したがもう遅い。抱いていた気持ちがそのまま乗ってしまった絵は、恥ずかしくて自分でも見返せないのに。
「これは全部私なのかい? 碧くんの目にはこんな風に映っているのか……」
「……下手でごめんなさい」
消えてしまいたい、一輝だけを描き留めたスケッチブックと一緒に。
もっと上手に描けていたら、もっと一輝の優しさも美しさも描き切れていたらまだ恥ずかしくなかった。
奪い返すことを諦めた碧は、なるべく絵が視界に入らないように顔を背ける。一輝がどんな表情で絵を見ているのかを直視することもできない。
「碧くんの中の私は随分と男前なんだな」
「嘘……本物はもっとカッコいいです。人物画下手でごめんなさい、だから……見ないでっ」
「本人の自己認識よりもずっと綺麗に描かれていると思うが……こんなにたくさん描くくらい私のことが好きだったのかい?」
意地悪な質問だ。碧が一輝に夢中になっているのを知っているはずなのに。デートの日は前日から浮かれてしまうくらい一緒にいられるのを楽しみにして、会えば顔が赤くなるほど胸が高鳴る。
答えるまでスケッチブックは返されないだろう。
碧は意を決した。
「初めて会った時からずっと……お見合い相手が一輝さんでよかったって」
「正面からの絵がないね」
正面から見たら絶対心臓が破裂してしまうからいつも横顔を凝視してしまう。隣に立ちながら碧を優しく見下ろしている少し斜めの顔と、横顔ばかりのスケッチ。
正面から一輝を見つめてスケッチすると考えただけで熱が上がってしまう。
「無理……死んじゃう」
「そうかい? いつか描いてくれると嬉しいな。そのためには正面から見ても死なないようにいつも私の傍にいて欲しいのだが。だめかな? さっきの返事、聞かせてくれる?」
あの絵を見られた後でこんなこと訊くなんて卑怯だ。碧の気持ちを知って返事の答えをわかっていて訊いてくるなんて、カンニングと一緒だ。酷いと思いながらも、答えるしかなかった。
「本当は一輝さんと一緒にいたい。でもそれで一輝さんが周りから酷いこと言われるのは嫌だ」
「さっきも言っただろう。他人の評価なんて関係ないと。私はね、碧くんがいいんだ。君が私といたいならそれでいいじゃないか」
「でも……」
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