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6 部屋とワイシャツと膝枕1

 再開された二人のデートは楽しい時間だった。  一輝が持って帰ったスケッチブックを碧がしきりに返してくれと懇願するが、どうしても返す気になれずのらりくらりとかわしている。実はベッドの横に飾ってあり、寝る前に彼がどれほど自分を想っているのかをそれで確かめているなんて恥ずかしくて言えない。  どの一輝の表情も精悍で優しくて、初めは別の男かと思ってしまった。自分が身辺整理をしている間にまた見合いをして、その相手を好きになったのではないかとハラハラしたなどとは、口が裂けても言えないし誰にも知られたくない。  まだ正面から顔を合わせると目を背けられるが、一輝は急ぐことなく碧が自分の存在にも顔にも慣れてくれるのを待った。隣にいるのが当たり前だと思って欲しくて、碧の左側に立つのはいつも自分であると、逆にいないと寂しいと思って欲しいとまで願ってしまう。  彼が自分に好意を寄せてくれているのを感じながら傍にいる心地よさに、日に日にのめり込んでしまう。  会えない平日が寂しくて、文明の利器を持たせない菅原家の方針を呪いたくなる。  電話できれば、少しは寂しさを紛らわすことができるのにと思いながら、だが会えないからこそ碧のことばかりを考え想いを募らせていく。安易に便利さに頼って相手を想い愛おしむ時間を作っていなかったことに気付かされた。  簡単に連絡が取れないからこそ、今なにをしているのか、なにを想っているのかと夢想してしまう。また自分の絵を描いていてくれたらと願い、遅い時間に帰ってきたらもう寝ている頃かと考えてしまう。  昔なら当たり前のようなことを、すっかり忘れてしまい心を寄せる行為を怠っていたから、碧に悲しい思いをさせてしまったのだと自戒し、人間関係に慎重になっていた。仕事で自社CMの立ち合いをしても、出演女優からの色目に気付かないフリをするようになったし、夜遊びもやめた。  碧を想う時間ばかりが増え、できるならこのままプロポーズしてしまおうかと、会うたびに考えてしまう。  結婚して同じ家で暮らせば、いつでも愛おしい彼を抱きしめることもキスすることもできる。リビングで他愛ない話をして、時に喧嘩をすることがあるかもしれないがなんとか仲直りして、そしてベッドの中であんなことやこんなことをして可愛い彼を堪能してから就く眠りはどんなものだろう。  想いがどんどんと膨らんでいく。  初めて会った時に咲き誇っていた春の花がすべて枯れ落ち梅雨を経て夏がやってきた。

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