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8 挨拶と婚姻届と悲しい現実7

 まずは区役所だ。  時間外窓口へと向かい、二人で書類を出す。記入漏れがないかだけをチェックされあっさりと受理される。  想像していたよりもずっとあっさりしていて呆気にとられたが、これで晴れて彼は天羽碧で、自分の妻だ。  これでようやく本懐を遂げられる。  感慨にふけながら、一輝は慌てて車を自宅へと向ける。これからあんなことやこんなことをするぞ! と意気込むが、一輝のマンションに着くとその入り口に引っ越し屋のトラックが停まっていた。 「早い、もう着いたんだ」 「あれ、碧くんの荷物かい?」 「はい。家具は家ができるまでは家に置かせてもらう約束はしたんですけど、思ったよりも絵が多くて。入るかな?」 「……入らなかったらトランクルームをレンタルしよう。とにかくどれだけあるかわからないから運んでもらおうか」  すぐには二人きりになれないのか。いや、彼らだって荷物を運び終えればすぐに帰る。早く終わらせようと玄関を開け彼らと荷物を迎え入れる。  碧のために空けた八畳の部屋はすぐに絵で埋まり、イーゼルと椅子を置けばもう身動きが取れなくなる。 「思ったよりも絵が多くてごめんなさい。こんなにたくさんあったなんて自分でもびっくりです」  入りきれなかったキャンバスはリビングまではみ出てしまい、急に部屋が狭く感じるようになった。  いやいや大丈夫。新居の詰めを急げばいいんだ。 「大丈夫だよ碧くん。どれも綺麗な絵じゃないか。一部を飾ればいいんだよ」 「ダメ、恥ずかしいよ。そんなに上手じゃないから」 「いいじゃないか。碧くんの絵を見せてくれる?」  キャッキャウフフと飾る絵を選んでいる間にもう夜だ。時間の経過の速さに愕然としつつ、気付かれないように余裕の振りをした。  今日のために注文していたデリバリーディナーが到着して、初めての二人の夜を祝う。 「これからよろしくね、碧くん」 「はい……本当に結婚したんだ。全然実感がないです」  碧の前で軽くアルコールを口にして、交互に風呂を済ませる。  身体の隅々まで綺麗に洗い、歯も美しく磨き上げ、髪もすっかり乾かして部屋に戻ると、碧はソファで深く眠ってしまっていた。 「碧くん?」  あの、今日は新婚初夜なんですけど。二人でイチャイチャして身体で語り合う夜なんですけど。  声をかけても疲れすぎた碧の耳には届かないようだ。  このまま襲ってしまうか……。  いやいや、初夜だがこれから毎日一緒にいるんだ。焦るのは男らしくないぞ。  それに、碧は今日初めて実家ではない場所で眠っているのだ。修学旅行すら行ったことのない碧にとって初めての経験なのだから慣れるまで無理をさせるのは可哀想だ。

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