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9 診察と写真と悲しい結婚式4

 ちらりと自分の胸元に視線を移す。  平べったく柔らかさなど全くない胸があるだけだ。当然だ、碧は男だからそこに膨らみなどありはしない。 「一輝さんもしかして……」  碧と写真と同じようなことをしないのはおっぱいがないからか。  それともこれは恋人にすることで妻は違うのだろうか。  どんどん写真をめくっていく。  一輝が裸で抱き合っているのは一人ではなく何人もいる。しかも相手が一人の時もあれば複数の時もある。しかも皆キスの写真は決まって唇だ。頬にキスをしている写真なんて一枚もない。豊満な胸にキスをする一輝もいた。 「ゃっ! なにこれ……」  舌を絡めた写真まである。  碧は慌てて写真をまとめ元の場所に乱暴に戻した。そしてその場から離れるためにアトリエに籠った。  一輝は過去の恋人とこんなことをしているのか。  もしかして、碧としないのは他に恋人がいるからなのか。  疑心が沸き上がってきて拭えない。同時にどうしてだろう、碧の身体の深い場所が熱くなってしまう。 「やだ……なんで?」  碧はイーゼルの前の椅子に座りながら自分の身体を抱えた。あの写真を見てから変な気持ちが沸き上がってくる。裸で抱き合っているのだけでも官能的でドキドキするのに……。  一輝が帰ってくるまで、碧は食事も作れずずっと部屋に籠っていた。 「碧くん、どうしたんだい?」  出迎えのないことを不審に思った一輝がアトリエを覗いてきた。 「ぁ……おかえりなさい」  顔を上げて一輝の顔を見た途端、数々の写真がフラッシュバックして顔が赤くなった。 「ずっと絵を描いていたのかい? キリが良くなったら休憩しよう。ケーキを買ってきたから」  それだけ言って一輝がアトリエの扉を閉めた。  もう一輝の帰ってくる時間になっているのに、あれからなにもしていない。その罪悪感に部屋から飛び出したが、チェストを目にするだけで固まった。  あの中には煽情的な写真がたくさんあるのを知ってしまったし、見てしまったから。 「どうした、碧くん」 「ぁ……なんでもない。ごめんなさい、僕ご飯の用意……」  もう月が昇っている空は暗く、建物には明かりが灯っている。いったい自分は何時間籠っていたのだろう、絵も描かずに。 「絵を描くのに夢中になっていたんだろう。だったら仕方ないよ。今日は早く帰って来れたから、どこかに食べに行こうか」 「でも一輝さん疲れているでしょ」 「今日はそれほど忙しくなかったからね。それにこの辺りは飲食店も多いから、たまには夜のデートをしようか」  デートという言葉に今朝までだったら胸が躍るくらいに喜ぶのに、気持ちが沈んだままだ。 「ごめんなさい」

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