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9 診察と写真と悲しい結婚式7

 泣くのを耐える碧の表情に兄たちは胸が締め付けられる思いで見守っている。だがそれは兄たちだけではなかった。一輝もまた碧の表情を見つめていた。自分のことだけで精一杯になっている碧は気付かないが。  挙式を終え、その後少し休んでから披露宴と場所を移す。  司会と会場の進行のまま言われるがままに歩き、座る。そして終わるまでずっと碧は人形のように座るばかりだった。  親の仕事関係者や政治家が多く集まった披露宴に、顔なじみは家族と親戚だけで、それも一番遠い席だ。  心細くて、世界で一人だけ取り残されたような気持になる。  粛々と進む披露宴で、お祝いに駆けつけてくれたという芸能人の歌などが披露されたが、テレビを見ない碧にはそれが誰だかわからないし、お笑い芸人のスピーチも政治家のスピーチもどうだってよかった。  ロボットのように頭を下げ、式場のスタッフに促されながらなんとか二時間耐え抜く。無理矢理笑顔を顔に貼り付けさせたまま。 「どうしたんだい、碧くん」  何度も一輝がそう訊いてきたが、そのたびに「大丈夫」と答えるので精いっぱいだった。それ以外の言葉を口にしたら泣いてしまいそうだ。  披露宴を終えたら次は二次会だ。  こちらは一輝の部下や友人が集まるという。 「体調がよくないのかい? 少し顔を出すだけにしようか」 「でも……それだとせっかく来てくださった皆さんに申し訳ないです」  タキシードを脱ぎ、母がこの日のためと誂えた煌びやかなパーティスーツへと着替えさせられる。まるで演歌歌手のようなスーツだが頓着しない碧は言われるがままに袖を通す。 「碧くん、本当に無理をしなくていいんだよ」 「大丈夫です……」 「……わかった。その代わり今日はここに泊まろう。このまま帰るのは辛いだろう。部屋を取ってくれ」  一輝の指示に二次会会場となっているホテルのスタッフが頭を下げる。 「……本当に大丈夫なのかい? なにかあったらすぐに私に言いなさい」 「はい……」  二次会会場の扉を開く前にまた、作った笑みを面に貼り付ける。  お祝いにわざわざ足を運んでくれた人たちに失礼のないように。  一通り挨拶を終え、一輝の親しい友人が壇上にいる二人のもとに祝いの言葉を述べに来る。  その中には写真に写っていた女性も多数いた。 (一輝さんのお友達……だよね。もう恋人じゃないよね)  皆一様に祝辞を告げてはじろじろと碧を見つめてくる。居心地が悪く、どんどん気持ちが小さくなる。このまま消えてしまいたい。もう帰りたい、菅原の家に。  泣きそうになる碧を一輝がそっと手を握ってくれた。  顔を上げると優しい笑みがそこにある。だから少しだけ碧も自分の手に力を込めた。  このまま消えたいという気持ちのまま。

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