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11 休日と病気と可愛いおねだり1
夏になると一輝は仕事が忙しいようだ。そう言えば去年も目の下にクマを作りながらデートに迎えに来ることがあったなとぼんやりと思いながら、碧は上達し始めた家事を、家庭教師とともにこなしていく。
初めは半日つきっきりだった家事も今は要領が良くなっていき、料理を教わるばかりとなった。
午前中に夕食の準備までを終え後は一輝が帰ってくる時間までずっと絵を描くのがルーティンとなり、穏やかな新婚生活を続けている。
結婚式からずっと、毎日のようにキスをしてもらえるのが嬉しくて、地に足がついていない状態だ。いつも心がどこかフワフワしているように感じる。
薬の量が減ったせいかなと勝手に納得しているが、おかしいのはそればかりではなかった。
一輝がいない時間、アトリエに籠るときなにかしら彼がいつも身に着けているものを持ってきてしまう。その日のうちにそっと返すのだが、なにかしら手元に置かないと落ち着かなくなっている。
一輝の匂いが一番強い寝室で、一輝の服を集めてその中で眠りたい衝動に駆られるのだ。
これは噂に聞くところの「フェチ」なのだろうか。だとしたら自分は間違いなく一輝フェチだ。同じデザインの時計が並んであっても、一輝が身に着けていたほうに魅力を感じてしまう。それを握りしめると言いようのない安心感に駆られるのだ。
自分はどこかおかしいのだろうか。
だが一輝には相談できなかった。
こんなにも一輝の物を欲しがってしまうなんて、恥ずかしくて口にできない。
キスをして欲しいというのが精いっぱいだ。
お願いをすればどんな時でもどんな場所でもキスをしてくれるようになった。
それだけで満足しないと。
薬を飲まなくなったら……碧の病気が完全に治ったら全部してくれるという言葉を信じて、今は薬を減らしながら穏やかな生活を続けることに専念している。
以前とは違うちょっとおかしい行動を取る自分に目を瞑りながら。
ようやく満足のいく下書きが完成した絵に、色を重ねていく。
「一輝さんは少し日に焼けた色が似合うから、こっちのほうが良いかな」
ソファでうたた寝をする一輝の絵だ。
微妙な色合いを出すために何色も重ねてバランスを見ていく。以前連れていってもらった光の魔術師と呼ばれた画家の風合いを思い出しながら色を試してみる。濃過ぎると品がなくなるし、薄すぎると健康さを失ってしまう。その微妙なバランスを探していく。
それだけで一日が過ぎ、去年は知らなかった一輝の誕生日に贈りたくて彼が帰ってくる前に隠す毎日だ。
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