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12 新婚旅行と芸術と初めての夜5
パンフレットに従いながら一つ一つ見て回るしかないと話し合い、まずは碧が好きな絵画を見て回ることにした。
「凄いね……こんなにいっぱいあるんだ……」
一輝は真っ先に管理が大変だと心配してしまうほどの絵画を前に、碧は遠距離恋愛の恋人に久方ぶりに会えた少女のような眼差しを向けている。瞳を潤ませ頬を赤らめたキラキラとした表情は、いつ見ても愛らしい。この表情が見たくて一輝は碧と美術館巡りをするのだ。
それは、初めて会った時に一輝に向けた表情に似ているから。
初心な彼が正面から一輝を見つめられないと恥ずかしがっていた時は、慣らして正面から向き合っても目を反らさないようにしようと張り切っていたあの頃を思い出す。
今は目を反らすどころか、目が合えばキスをねだってくるまでになっているが。
それでも時折、初々しい頃の碧が垣間見れるのが嬉しかった。
二人で作品を一つ一つ眺めながら感想を言い合う。
そして一年ぶりに再会したブリューゲルの「バベルの塔」は全く色褪せることなく、あの日のままの姿でそこにあった。
「一輝さんこれっ! 初めてのデートの時の」
「碧くんが一番好きだと言っていた絵だね」
あれから一年。この絵のおかげで距離が縮み、紆余曲折あったがしっかりと夫婦になれましたと、なぜか神への報告のように心の中で絵画に報告していく。そして今夜は! といらぬことまで報告するのだった。
珍しく碧が人物の詳細まで見つめ色々と研究をしている。
その真剣なまなざしを眺めるだけで時間があっという間に過ぎ去ってしまう。
気が付けばもう夕食の時間になっていた。
「碧くん、そろそろ食事にしようか」
「え……もうそんな時間? でもまだ……」
「一日に見切らなくてもいいんだ。明日また来ればいい」
「明日も……いいの?」
「ここは一日で回れる場所じゃないんだ。何日にも分けてじっくり見よう」
「嬉しい……一輝さん、ありがとうございます」
いつものキスをしようとして、碧が慌てて身体を止める。ここが家の中ではないのを気にしたのだろう。
「日本では目立つだろうけど、海外だとそうでもないんだよ」
そう教えながら、一輝は腰を屈め自分から碧の唇に触れた。
「旅行の間は好きな時にキスしていいんだ」
教えられたことを素直に受け止める碧は、嬉しそうに微笑み一輝の肩に手をかけると少し背伸びをしてキスをしてくる。
まもなく、この唇の奥を堪能できると思うだけで、美術館という静寂な場なのに悪い場所が疼いてしまう。
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