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13 だるい身体と甘い朝と兄二人7
「そうそう。碧の行きたいところに連れていってあげるよ。どこに行きたいんだ? 僕たちになんでも言って」
一輝が口をはさむ余裕を与えぬ勢いで二人の兄が碧と話していく。しかも一輝が口を開くタイミングで必ず玄が声を出す。
何気に育ちだけは良い一輝は、相手の話にかぶせて喋ることが出来ずにいた。
「まだ美術館を全部回ってないから……一輝さん今日も美術館でいい?」
「そうか。美術館だな。では私たちが一緒に行ってあげよう」
「天羽先輩は仕事で疲れているでしょう。今日はゆっくりと休んでください」
「いやいや、お義兄さんたちこそ昨日までお仕事でしたのでごゆっくりなさってください。美術館でしたら私のほうが詳しいですから」
「本当に兄さんたちと一輝さんは仲がいいんですね」
三人が笑顔で火花を散らしているのに気付かず、好きな人たちが仲良く楽しく食事をしていると勘違いしていく。
パンとジャムそして数種類のチーズを堪能し、お腹いっぱいにしていると碧の携帯が鳴った。
「はい」
『碧、母さんよ。そこに玄と梗はいるかしら』
「いるよ。どうしたの?」
『良かったわ。すぐに代わって頂戴』
母の命は絶対の菅原家のしつけで、すぐさま持っていた子供携帯を兄たちに渡す。
「なんだ? はい……母上っ!」
「なんだって!?」
途端に玄と梗が怯え始めた。
碧は知らないが、アルファとして恥じぬ完璧な人間になるようきつく厳しく母にしつけられた兄たちは、なにがあっても絶対に母には逆らえないのだった。
「はい、いえ……仕事はもう……けれどっ……イエスマムっ!」
お前は軍人かと突っ込みたくなる返答をし、短い応答を終えた玄は疲れた手つきで携帯を返してきた。
「兄さん、もしかして……」
「……帰るぞ梗」
「なぜ!」
「母さんの命令だ。休んでる暇があれば新薬を開発しろと……」
「マイガッ!」
落ち込む兄たちとは正反対に一輝はとても嬉しそうだ。その手は隠されているがスマホが握られており、画面は敢えて消されている。
「碧くん、お義兄さんたちは帰らないといけないようだ。仕事が忙しくてまたしばらく会えなくなってしまうね」
「そうなの? 兄さんたち気を付けて帰ってね。僕たちも帰ったらお土産持っていくね」
手を振ってカフェから去っていく兄たちを見送る。久しぶりに会えたのに長く一緒にいられなかったなと少しだけ寂しく思いながら。
寂しそうな碧に一輝は手を握る。
「大丈夫、日本に戻ったらまた一緒に食事をしよう」
「そう、だよね。ありがとう一輝さん」
テーブルに手をつき、腰を浮かし愛しい人の唇にキスをした。
窓ガラスの向こうで、この世の終わりと言わんばかりの顔で兄たちが見ているとも知らずに。
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