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15 発情と番と幸せと1
『オメガには発情期があり、その頻度は月に一度、一週間ほど続く。発情期にはアルファを誘うフェロモンを出し、それを嗅いだアルファは誘惑に勝てずオメガの意思に反し性行為を行う。発情抑制剤を服用するのはオメガの義務であり、身を守る行為である。また、発情時にフェロモンを放出するうなじや首筋をアルファに噛んでもらい「番」となることで、不特定多数に向けて放出するフェロモンを押さえることが可能である。だが、「番」の解消は容易ではないため、相手を慎重に選ばなければならない。』
そこまで読むと碧は本を閉じた。一輝に買ってもらったバースの入門図書は、知らないことばかりで埋め尽くされている。
「オメガって不便なんだ……」
今まで本当になにも知らなかったのだと愕然とする。
「あのお姉さんも、僕がオメガだから欲しいって言ったんだ」
ではオメガではない碧だったら、興味がなくなるのかと思うと少しだけ不快な気持ちになる。他人から向けられる悪意に慣れていない碧は、悪意に対して鈍感だ。しかも、結婚式の時は別のことに気が向きすぎて顔を覚えるのが精いっぱいだった。
なら一輝は?
一輝もオメガだから碧と結婚したのだろうか。
もしそうだったら、悲しい。
子供を産むためだけの存在と思われているのとしたら、これほど悲しいものはない。
碧という人格は全く必要ないような気持になるからだ。
(でも一輝さんは違う……うん、違う)
もし子供だけが欲しいんだったら、一緒に美術館を巡ってくれたり、碧がなにをしたいのかなんて訊いてくるはずがない。碧が描いたスケッチブックをのぞき見したり、部屋に飾ったりなんて……。ましてや、子供はしばらく作らないなんて言うはずがない。
だから、大丈夫。一輝はそんな人じゃないと自分に言い聞かせる。
けれど知った現実はあまりにも衝撃過ぎて途方に暮れる。
(だからお父さんとお母さんはベータのフリをしろって言ったんだ)
本に書かれていたオメガを襲った悲惨な事例が碧に起こらないように。碧が無事結婚し、その相手と番になるために尽力してくれたのだと感謝すると同時に、その相手が一輝だったことが嬉しい。
乙女的思想だと思われるだろうが、碧は相手が一輝で本当によかったと思っている。
ミヤビのような、オメガだから一緒にいたいと思う相手だったらきっと、碧は悲しくて一緒に生活することが苦痛になっていただろう。いや、それ以前に見合いの段階で断るだろう。
それに……。
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