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15 発情と番と幸せと3
一人で外出をしたことがないから、どうしたらいいか解らないのが本音だ。
「もうこの絵はこれで終わりにしよう」
どこかで区切りを付けなければ、延々と色を塗りこんでしまいそうで、どんどん自分が思っていたのと変わってしまう。その塩梅をようやく掴み始めいた。
絵の具がある程度渇くまでしばらく置き、一輝が帰ってくる前にイーゼルごと隠すのだ。すぐには見られない場所に。
間もなく11月に入ろうとしている日差しは穏やかで、絵の具の大敵である紫外線の厳しさがないのがありがたい。
碧はまたエプロンを取り換えると、夕食の仕上げに取り掛かろうとした。
トクン。
「え、なに?」
トクントクン。
心臓が急に高鳴り、ブワッと身体が熱くなる。
「風邪……ひいたのかな?」
熱がどんどん上がっていき、同時に呼吸も荒くなっていく。
「休まなきゃ……その前に病院?」
けれど、どこに病院があるのかなんてわからない。どうしよう……。
どうしたらいいのか考えている間もどんどん体温は高くなり、心音が鼓膜を震わすような錯覚に陥る。
こんなのは初めてだ。
(寝ていればそのうち良くなるかな……)
碧はフラフラと寝室へ向かった。
自分で綺麗に整え新しいシーツを敷いたベッドに横たわろうとするより先に、どうしてだろうクローゼットへと向かう。
大きく開き、その中からどんどん服を取り出してはベッドに投げていく。
一輝の服ばかりを。
大きなダブルベッドのシーツが見えなくなるまで服で埋め尽くすと、碧はフラフラとその中に身体を沈めた。
(やっぱり……変だ)
一輝の匂いを嗅いでいるといつも安心するのに、今日はもっと身体が熱くなっていく。全身がうっすらと汗ばみ、漏れる息までもが熱くなる。
朝でも、セックスをしている時でもないのに、分身が力を持ち始めていつも一輝を迎え入れる蕾がムズムズしてくる。
一体自分の身体になにが起きたというのだ。
未知への恐怖が胸の中を埋め尽くしていく。
(一輝さん……早く帰ってきて……)
帰ってきた一輝に、いつものように「助けて」と縋ればどうにかしてくれるはずだ。だって今までそうしてずっと碧を助けてきてくれたから。
(助けて……助けて助けて、一輝さん)
怖くて不安で、熱い身体をギュッと抱きかかえながらひたすら一輝の帰りを待ち続けるしかなかった。
仕事に行っている一輝と連絡を取る手段はない。あるとすれば……。
碧はエプロンのポケットに入れたままにしていた携帯を取り出した。
短いコールの後すぐに慣れ親しんだ声が聞こえる。
『碧様ですか。いかがなさいましたか?』
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