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魔族領とはいっても、人間側の領地と明確な境界線や砦で隔てられているわけじゃない。大陸の北側に魔族領、南側に人間領があり、地図上では分かりやすく分断されているが、その実、街道を避ければ互いの領地を行き来する抜け道はいくらでもあった。
魔族対人間の戦争が激化していたときならいざ知らず、魔王が倒れた後ともなれば双方共に見張りの兵も少なくなっている。
シドの領地だけは戦線を維持するために兵も多いようだが、それもカストラーナ帝国と面する地域に限られた。
カストラーナ帝国側の激戦地区さえ迂回すれば、魔族に出会うこともなく魔族領へ入ることは可能だ。
あえて道のない森の中を進み、シドの魔族領へと足を踏み入れる。
しかし侵入は早々にバレていた。
「カストラーナ帝国のグレイクニル様とアッサム様ですね。お待ちしておりました。主人の元までご案内させて頂きます」
木々の間から前触れもなくケンタウロスが現れる。馬の下半身と人の上半身を持つ男は、燕尾服に身を包んでいた。
老年の白髪頭をオールバックにし、薄い眼鏡をかけている装いに記憶が刺激される。……確かシドの屋敷で執事をやってるヤツか。何度か襲った覚えがあるので間違いないだろう。
しかし一体いつから監視されてたんだ?
前世なら瞬時に察知出来ただろうに、やはりピンクスライムの体では色々と能力が劣るらしい。
ケンタウルスの出現に、アッサムはすぐさま刀剣に手をかけたが、レイは動じることなく静かに頷いた。
「よろしく頼む」
「レイ様!?」
わざわざ迎えに来てくれたんだから、案内してもらえばいいだろうに。
アッサムは魔族の言葉に応じることへ抵抗があるようだった。
「私たちは停戦について話をしに来たことを忘れるな。……そうだ、彼はこのまま帰してやっても構わないか? 必要なのは私だけだろう」
「なっ……!? 自分は、レイ様を置いて帰国など致しません!」
レイの言い分に目を丸くしたのはアッサムの方で、大きく口を開けて意義を唱える。
そしてケンタウルスである老年の執事も、首を横に振った。
「グレイクニル様に対し、我々が無礼を働かなかったことを証明して頂くためにも、アッサム様には同行して頂く必要がございます」
「そうか……」
返答を聞いたレイは心底無念そうだ。ここまで落ち込んだ表情を見るのは、はじめてかもしれない。
……あぁ、そうか。レイもシドが停戦について話し合うことはないと分かっているんだな。カストラーナ帝国の使いであるアッサムに、もう用はないことも。
どうやら本当にレイは、オレの生存確認のためだけにここまでやって来たらしい。
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