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前世の体に戻る……入る? というのは中々奇妙な感覚だ。
だがおかげで抜け落ちていた記憶を取り戻すことが出来た。脳にまでピンクスライムの体が染み込んだからだろうか。
最初にフラッシュバックしたのは、勇者が涙と鼻水でグショグショになった顔でオレを刺し殺す瞬間だった。男前が台無しだったぞ。
そしてグレイクニルのはじめてを奪った記憶も、ちゃんと残っていた。
「シド、感激するのはいいが、服を寄越せ」
「は、はいっ! 先ほどは青の衣装だったので、次は赤がいいかと思うのですが」
「何でもいい」
「っ……その衣装に無頓着なところも……ち、父上……」
「泣くな。泣き虫は卒業したんじゃなかったのか?」
埒が明かないので、シドが持っていた衣装をぶんどる。
「グレイクニルは先に案内した部屋だな?」
「はい。もてなすようには言ってあるのですが……」
「オレが行く。お前はロロが戻ったときの言い訳でも考えていろ」
ロロの機嫌を取るピンクスライムはもう使えないんだからな。そう言うと、父上だけで十分ですと返された。それもそうか。
部屋を出ようとして、壁にかけられていた鏡に目が行く。
生前と変わらない自分の見た目には驚いた。これで実は死体だっていうんだからな……。
しかし全てが生前通りというわけでもない。体に満ちていた魔力は当然のようになくなっているし、瞳の色も紫からピンク色に変わっている。
あくまで今の自分はピンクスライムなんだと実感させられた。
ドアから廊下に出ると、真っ直ぐレイがいる部屋へと向かう。
シドの屋敷には何度も訪れたことがあったので、構造は把握していた。
死後の手入れがよかったおかげか、違和感なく死体の体も動く。
死んではいるものの、ピンクスライムが浸透したおかげか血色がよくなっているようにも見えた。
レイの部屋まで来ると、ケンタウロスの執事がドアの前に立っている。オレが動いたと聞いて、先回りしたか。
「スズイロ様を再見出来、言葉もございません……。グレイクニル様はこちらにご在住ですが、グレイクニル様のご要望により、アッサム様は右の隣室に移動されております」
「分かった、お前は下がっていい」
「はっ」
廊下には絨毯が敷かれているので蹄の音は聞こえないが、執事がこちらに馬のまるまるとした大きな尻を向けて遠ざかるのを気配で感じる。フサフサの尻尾が光沢のある尻の前で揺れている光景が脳裏に過ぎった。
落ち着け、執事の襲うのは後でもいいだろ。それよりも優先すべきことがある。
ドアを開けると、レイは椅子に座り、祈るように机に肘をついていた。
「レイ、待たせたな」
勝手にそんな言葉が口を突いて出る。
虚ろな目でオレを見たレイは、一瞬で顔を強張らせた。
「スズイロ、卿……? いやでも、さっきは…………遂に幻を見はじめたか?」
信じられないといった様子で、レイが立ち上がる。
こちらに向かって来る歩調はフラフラと頼りなかった。
「まぁスズイロでも間違いではないが……。残念ながら、オレはピンクスライムだ」
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