51 / 59

049

「私はっ! もう、生き恥を晒すことに、耐えられないんだ!」  虚を突かれて驚いている間にも、レイは言い募る。 「本当なら、あのとき……森で目覚め、停戦協定が反故になったことを知ったときに、私は死にたかった! けれど貴方が、スズイロ卿が生きているなら、また機会は得られるのではないかと……っ。でも……でも貴方は死んでしまった! 魔王と共に!!! ならば私に生き続ける意味などあるのかっ!?」  勇者が反旗を翻したと聞き、それが帝国の終わりになるならその結末だけは見届けようと無為な生活を続けていたに過ぎない。どちらにせよ、遠からず森でも最期を遂げるつもりだったと――。  レイの根底にある感情の発露は、慟哭だった。  次第にレイの声が涙混じりになる。 「私はっ、ただ、和平を……魔族との和平を望んだだけだったというのに! 全てを壊された挙げ句、貴方まで……!!! 私は兄が憎い……貴方を殺した勇者が憎い! 彼らが作る世界に、微塵も興味などあるものか! だから私は、死に場所を求め、ここに来た。……例え死体であっても、最期に……っ……せめて、貴方に会えるなら…………貴方は、私のことなど、覚えてはいないだろうが」  終始和やかな表情を見せていた森でのレイの姿は、今やどこにも見受けられない。  ずっとレイは、人知れずこれだけの感情を胸に秘めていたのか。 「覚えてるさ、レイをはじめて襲ったときのことは」 「え……」  ピンクスライムの体だけだったときには抜け落ちていたが、前世の体を動かせるようになった今では、鮮明に思い出せる。  まさか……と呟くレイの背中を優しく押し、椅子に座るよう促した。オレも手近な椅子を引き寄せて座る。 「実はあのとき、オレも人間の領土に行ったのは、はじめてだったんだ」  レイが自分の意志で、敷地から出るという冒険をした日。  オレも似たような感覚を味わっていたところだった。 「ピンクスライムのオレを見ていれば分かると思うが、オレは性欲に弱くてな。あの日は、魔族だけを相手にするのに、物足りなさを感じていた。そこで気づいたんだ、世界には魔族以外にも人間がいるじゃないかってな」  善は急げと、人間の領土に侵入し、はじめて遭遇した人間がレイだった。  林を抜けた先には草原が広がり、自然に囲まれた景色は、魔族領とそう大して変わるものではなかったが……一点だけ違うことに、すぐに気づかされた。  草原の先で目を輝かせ、太陽の光から祝福を受けている少年を見つけたのだ。 「一目で心を奪われた。後は、まぁ、知っての通りだな」  はじめて触れる人間の肌の薄さ、筋力の頼りなさに、殊更優しく接することしか出来なかった。けれどそれが逆に新鮮で、人間も素晴らしいと考えるきっかけになった。  懐かしさに目を細めるオレに対し、レイは何か言いたそうに顔を上げる。  その顔は少し不満そうだった。

ともだちにシェアしよう!