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 最終決戦前の茶会のことも、勇者は報告書に書いていたんだろうか?  確かに、帝国の圧政に疑問を感じているなら、他にも政治を執り行う方法はあると話しはした。仮に魔王討伐後であれば、国を越え、多くの人々が勇者の話に耳を傾けるだろうとも。  しかしそれぐらいのことは、カストラーナ帝国の支配力が増すことを恐れた周辺各国がいくらでも勇者に吹き込みそうなことだ。 「そそのかしたつもりはないんだがな」 「今の情勢は、あまりにも魔族側に有利過ぎると思わないか? アッサムも嘆いていたよ。何故このタイミングで、勇者は帝国に反旗を翻したのかと。まるで魔族に体制を整える時間を与えるかのように」 「考え過ぎじゃないか? こっちは魔王が死んでるんだぞ?」  ついでにオレも、ピンクスライムに転生するというオマケつきで。 「勇者が帝国に提出した報告書には、魔王城に踏み込んだときの状況も書かれていた。混乱のためか城に設置された転移陣は消されておらず、妨害はあったものの、迷うことなくスズイロ卿の元まで辿り着けたとな。私が一番不思議だったのは、妨害者の中に、貴方の子供が一人もいなかったことだ」 「全員前線に出ている忙しい身だからな」 「そして今はその一二人の子供たちが、分散した勢力を見事に率いている。これは偶然なのか? 本当に混乱のために、転移陣は消されていなかったのか?」 『最期まで付き合わせて悪いな』  レイの疑問の後に、ふと魔王の言葉が脳裏に蘇った。  魔王は勇者の出現を重く受け留めていた。そうでなくても人間に比べ数の少ない魔族は、長年続く戦争に疲労困憊し、声には出さなくとも休息を求めていた。  停戦協定が反故になったとき、我が王は腹をくくったのだ。  このまま真正面から人間とぶつかり続ければ魔族に未来はない。  だから――――。 『安心しろ。オレたちが死んでも、子供たちが志を継いでくれる』 『男を犯すことしか脳がないと思ってたんだが、お前は優秀な俺の右腕だ』 『アンタこそ殺すことしか考えてねぇじゃねぇか』 『くくっ、その麗しい見た目から飛び出す軽口を聞けなくなるのは寂しいな』 『とっとと勇者に討たれてしまえ』  もちろん負ける気で勇者との戦いには挑んでいない。  けれど魔王は……オレが忠誠を誓った王様は、魔族を率いることに、特に秀でていた。  勇者がそそのかされたというなら、それはオレにではなく魔王にだろうと思う。  人間側に気づかれないよう戦線を下げさせ、戦力を温存するように指示を出したのは彼だ。戦争が終わっては困る武器商人たちに、カストラーナ帝国が領地を拡大しようとしていると噂を流させ、周辺諸国の不安を煽ったのも。  オレは計画が滞りなく進むよう手を回していたに過ぎない。所詮魔王の右腕だからな。頂点に君臨する器ではないんだ。 「私に魔王になれと言うのは……この情勢下で、私が人間側の事情に精通しているからかな?」  飲み込みの早いレイに、オレは笑うしかなかった。

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