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第2話 寄り道
あまり期待せずに入った店だったが、趣味の良い店だった。右側にカウンター席、左側はテーブル席。週末のせいかほどよく席はうまっている。奥行きのある細長いつくりだ。
タイガは入口からすぐそばのカウンター席に腰を下ろした。目の前には世界中から集められたのか、いろんな種類の酒が並べられていた。圧倒されるほどの酒の数だ。
あたりを見渡すと店員らしき者がカウンター内で数人。慌ただしく客の相手をしながら何やら仕込んでいる。またある者は酒を作ったり、テーブル側で接客している者もいる。店はとても繁盛しているようだ。
タイガは目の前にあるメニュー表を手にとり、目を落とす。とりあえず何か飲み物をと思うが、すごい数のため何を頼もうかとしばらく思案した。
「こんばんは。どうぞ!」
突然タイガの目の前に朱色の液体が注がれたグラスが置かれた。とても美しい朱。ほのかにフルーツ系の甘い香りがする。
「まだ頼んでいないけど…?」
「お店のおごりです。このお酒、今日届いたもので。すごくオススメなんで、よかったらどうぞ。」
この店は初めての客に酒をサービスで振る舞うのかとタイガは半ば感心し、グラスに揺らめく朱色の酒を見つめる。なぜだかわからないが、不思議と気分が和らいだ。店のオススメならば間違いはないだろうと判断し、タイガはグラスに口をつけた。その酒はとてもスッキリとした甘さで、頭の芯がさえるような爽快な味がした。今までに味わったことがない。確かにうまい酒だった。
「おいしい。」
タイガは晴れやかな表情で感想を伝えた。
「でしょ。」
「お客さん、今日が初めてでしょ?」
「うん、わかるかな?」
「うちではあまり見かけないタイプだから。悪い意味ではなくて。スーツ、とてもきまってますね。」
「そうかな。ありがとう。」
店員は自分も最初はこの店の客だったと話した。酒の趣味の良さとうまい料理に惚れて、店主に頼みこみ働き始めたのだという。
常連が多い店だからきっとタイガもそうなると彼は続けた。
その後、店員はタイガの料理の注文をとり、カウンターの真ん中辺りからL字に続く奥の方に消えて行った。あそこが調理場なのだろうか。
カウンターはL字になっているところを中心に、店の奥側と手前側に分けられているようだ。奥側は人口密度が高いようで、とても混んでいそうだ。
タイガは1人静かに飲みたかったため、この場所は正解だったと思いながら目の前の朱色の酒をみつめた。
つい先ほどまでこの世の終わりと思えるくらい気分が落ち込んでいたタイガであったが、最初に出てきた酒の旨さに少し気持ちが落ち着いていた。タイガは自分でも信じられなった。
酒にこれ程の力があるとは。落ち込んでいるときは酒の力というのはまんざら嘘ではないのかもしれない。
料理も店員の言う通り、舌がうなるほどの味だった。食べ終わる頃にはいい店を見つけたと、より気分も回復していた。最初に対応した店員の接客も良かったのかもしれない。素敵な酒をふるまってくれた。それで嫌なことを一時でも忘れることができたのだから。
たしかに、常連になりそうだとタイガは一人納得していた。
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