6 / 67
第6話 振る舞い酒
「サービス?」
男の言葉にタイガが聞き返す。
「お兄さん、最初来たとき今にも死にそうな顔しているから。だから、その日オススメの酒をね。気分が紛れるかと思って。」
「え...。」
男は言葉を選んでいるのか、ゆっくりと説明した。
タイガは予想外な告白に思わず声が出てしまった。
「俺さ。いつも奥にいるんだ。週末なんて絶対。でも店の奥からはここまでよーく見えるんだ。お兄さん、次、来たときもなんだか浮かない顔しているし。だから、元気になるまでオススメの酒をって。」
「毎回…君が?」
「そう。お兄さんのいるところまでは運べないから、あいつにいつも運んでもらったけどね。」
男はテーブル側で作業をしているウィローを指さした。
「酒の趣味、いいでしょう?」
タイガは改めて目の前の男を観察した。魅力的な容姿、話も楽しく、酒の趣味もいい。男は自分よりも年下に見えるが、落ち着いた優しい眼差しからは大人の色気を感じる。
「これは特別だから。他の人には言わないように。」
人差し指をそっと口に当て、囁くように男がタイガに口止めをする。
タイガはいま知らされた事実に衝撃を受けた。この目の前の男がずっと自分に酒を振る舞ってくれていたのだ。タイガは自分の中で一気になにかが変わっていくような気がした。
彼になにか、なにか言わなければ…。
「ありがとう。ほんとうに。楽しみだったんだ。今日はどんな酒が出てくるのかと。この店に来るのが楽しみになった。」
タイガは自然と笑顔になり、思いつく限りの感謝の言葉を伝える。
「そう。よかった。」
男が優しく微笑む。
「確かにだいぶ元気になったみたいだ。これからは勘定はもらうけど、店のお任せでいいのならオススメの一杯を提供するよ。」
「はは。そうだな。よろしく頼むよ。」
なにやら照れくさいような、嬉しいような気持ちになり、タイガはグラスに揺らめく酒を見つめた。
今日会ったばかりの男だが、もっと彼との会話を楽しみたかった。出会ってほんの数分だが、タイガは男に夢中になりかけていた。このまま終わりたくないと強く思う。
「えーと…。君の名前、聞いていいかな?俺はタイガ。」
「カツラ。よろしく、タイガ。」
カツラが手を差し出した。
「あぁ、よろしく。カツラ。」
タイガはカツラの手をとり軽く握手をした。細い指。カツラの手は少しひんやりとしていた。
その日はタイガにとって忘れられない日になった。カツラはカウンターをはさみ、タイガとの会話を楽しみながら器用に仕込みをこなしていた。圧倒的な存在感があるカツラのすべてに、タイガは目を奪われていた。
中でも一番驚愕したことはカツラの年齢が28歳だったことだ。彼はタイガよりも三つ年上なのだ。
カツラと話しながらタイガは実感していた。自分がカツラに強く惹かれていることを。カツラとの会話は時間が経つのを忘れてしまうほど心地よいものだった。その内容から、カツラの豊かな知識と経験を感じた。見た目に反して中身はタイガよりかなり大人だ。そのギャップがまたいいのかもしれない。
人としても魅力的なカツラ。タイガはまだまだ話し足りなかった。しかし、カツラは普段は奥にいると言っていた。タイガはカツラのことをもっと知りたかったし、カツラにも自分のことを知ってほしかった。そのためにはカツラと話さなければいけない。タイガに『desvío』に通う新たな目的ができた。
ともだちにシェアしよう!