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第7話 恋

「そう、よかった。」 優しく微笑むカツラ。 ピピピピッ、ピピピピッ、ピピピピッ  タイガは携帯のアラームを止めた。時刻は午前6時。出勤の準備をしなければいけない。タイガはカツラと出会ってから毎晩彼との夢を見ていた。夢の細かい内容は忘れてしまうのだが、いつもカツラがタイガに優しく微笑むところで、うまくアラームに邪魔されるのだ。  今日は金曜日。今週月曜日、『desvío』でカツラに会ってから、タイガはまだ店には行けていない。タイガとしては早速火曜日に店に行くつもりが、取引先相手との会食が急に入ったりと、その後は忙しない日々となってしまったのだ。なるべく週末は避けたかった。週末はカツラと話せる確率が低い。タイガはあれこれ考えながら朝のルーティンをこなし、いつも通りの時間に家を出た。 「タイガ。なぁんか、いいことでもあったのか?」 「フジキさん。俺、変な顔してました?」  タイガは職場近くにあるよく昼に利用する店で、フジキに声をかけられた。金曜日だが、タイガは今日『desvío』に行くと決めていた。カツラは今後もタイガにオススメの一杯を提供すると約束してくれた。カツラに今日会って話せなくとも、タイガはカツラが勧める酒を飲みたかった。カツラのことを考えていたから、無意識に顔が緩んでしまったのだろうか。 「ここ数日お前の表情が明るくなったからさ。難しい商談でもうまくいってんのかな?ってね。」 裏表のないフジキのことだ。深い意味はなく、言った言葉のままだろう。タイガはカツラのことをフジキにまだ話すつもりはなかった。カツラとはあの日、一度話したきりだ。まだカツラとは二人で話したいと思う自分がいる。フジキにカツラのことを話せば、興味を持ち店に同行するともいいかねない。 「まぁ、そんなところです。」 タイガは少し複雑な気持ちを隠し、何気ないふうを装い答えた。 「ところで、お前が連れて行ってくれた店、昨日行ってきたんだ。」 「えっ!一人でですか?」 「お前、仕事が忙しそうだったしな。なんせ酒が旨いから。癖になるよな。木曜日だったが、それなりに混んでたぞ。」 「そうですか…。」 フジキの話を聞き、タイガはカツラに思いを馳せた。彼はその日も奥にいたのだろうかと。 「また、今度、一緒に行こうぜ。」 「ええ。」  酒と料理のこと以外、フジキは口にしなかった。フジキはカツラには会っていないのだと判断する。彼を人目見たら、たいていの者は衝撃を受けるはずだ。タイガは自分が見つけた宝物が知られずにいることにほっとしていた。  タイガは自分でも驚いていた。カツラに会うまではタイガの頭の中を占めていたのはカエデである。しかし、今では時間があればカツラのことばかり考えている。彼に会いたくて仕方がない。彼の澄んだ優しい声でタイガと名前を呼んでほしい。タイガは一人妄想にふけりながら、終業時間を待ちわびた。  夕方、タイガは少しの緊張を抱きながら『desvío』に向かった。この時間では、店は混み合っているだろう。タイガがいつも座る席は空いているだろうが、奥は厳しそうだ。いつも奥側が混んでいると思っていたが、原因はカツラなのだろうか。タイガのようにカツラ目当てで来ている客がいてもおかしくはない。  タイガは店のドアに手をかけた。
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