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第8話 カクテル
「いらっしゃいませ。」
聞き覚えのある愛嬌のある声。カウンターでは入口近くが担当なのか、初回からいつもタイガの対応をしてきたウィローが笑顔で声をかけてきた。
「タイガさん、こんばんは。」
「こんばんは。」
ウィローとの挨拶を交わしながら、タイガは店内にサッと目をやる。奥はいつも通り混んでいる。後はテーブル席が二席ほど空いている。タイガが座れる場所は、いつもの入口側のカウンター席しかなかった。落胆を悟られぬようタイガは席につき、ウィローからオススメの酒を聞き注文する。その後は彼と何気ない世間話をしながら、料理をあてにチビチビと酒をたしなんだ。
しばらくすると、タイガの携帯バイブが鳴った。慌てて確認すると取引先からだ。どうやらトラブルがあったらしい。タイガはウィローに断り、自分のパソコンを開き問題に対処すべくしばらく仕事に没頭した。
ある程度解決の目処がたったところで、タイガは自分がいる場所も忘れ、仕事をこなしていることに気づいた。しまったと思いタイガは仕事モードになっていた自分を取り繕おうと、ふと顔をあげた。目の前には…。カツラが優しく微笑みながらグラスを拭いていた。タイガの視線に気付き、カツラが話しかける。
「あっ。仕事、落ち着いた?」
「えっ!?あっ、うん…。なんとか…。終わった。」
目の前には会いたくてたまらなかったカツラがいる。今夜会う事を半ばあきらめていたタイガは自分は夢をみているのかと放心状態になった。夢見心地でタイガがぼーっとしていると、カツラが拭いていたグラスにテキパキと数種類の酒を注ぎ始めた。どうやらカクテルを作っているようだ。
「はい、どうぞ。今日、オススメの一杯。これは俺のオリジナルのカクテル。」
タイガに差し出されたカクテルは不思議と無色透明だった。いろんな色のリキュールを混ぜていたはずなのに、カツラが作った色のないカクテルにタイガは驚き、顔をグラスに近づけマジマジと覗き込んだ。そんなタイガの様子がおかしかったのか、カツラが吹き出す。
「なんて顔してんだ。毒じゃないから飲んでみて。」
タイガははっと我にかえり、カツラに言われるままにカクテルを喉に流し込んだ。不思議な味のカクテルだ。ベースは柑橘系か?後味が爽快で、カツラが言うようにそのカクテルはうまかった。
「毎回毎回、すごいな。今回のも驚いた。…。それに。どうして今日はここに?週末は奥にいるんじゃなかったのか?」
タイガは疑問に思っていることを一気にまくしたてた。会えると思っていなかったカツラを目の前にして、興奮していた。
「約束したから。オススメの一杯を提供するって。タイガともせっかく知り合いになれたことだし。たまにはこちら側も景色が違うからいいかなって。」
タイガはニヤけそうになるのを必死にこらえながら、店内奥をみた。こちらからむこうの様子はわからない。変わったことはないように見えた。タイガの考えを読み取ったのかカツラが続ける。
「今は俺のかわりにウィローが対応してるんだ。もうすぐ、お呼びがかかるかもしれないけど。」
カツラはいつからここにいたのだろうか。タイガが気付くずっと前からなのか。そうだとしたら、自分はとても惜しいことをしてしまった。悔やんでも悔やみきれない。後悔する気持ちをはらいのけ、タイガはもっとカツラとの会話を楽しもうとしたところで時間切れとなった。
「カツラさーん。もう限界です。場所交代でお願いします。すごくいろいろ注文してくるから、俺テンパっちゃって。」
ウィローがカツラに声をかけた。
「あっちは通な常連さんが多いからな。ウィロー、よく頑張った。じゃ、ここのオーダー頼んだ。」
「了解っす!」
「タイガ、またね。」
カツラはそう言って店の奥に姿を消した。
「タイガさん、仕事片付きました?グラスも空だし、何か飲みますか?」
タイガはカツラがさっき作ってくれたカクテルを飲み干していた。カツラが去ってしまって、タイガの胸も空っぽだ。虚しさがこみ上げてくる。
「いや。今日はもう帰るよ。まだやらなければいけない仕事もあるから。」
「そうですか。またお待ちしています。」
タイガは会計を済ませ店を出た。今日は天気がよかったからか星が見える。タイガはカツラとの少ない会話を反芻しながら家路についた。
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