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第14話 変化

 冬休みになった。タイガは冬休みが終わるまで毎年叔父の家で過ごしていたが、もうすぐ高等部に進級することもあり、学業に専念するために早めに寮に戻っていた。冬休み中、家に帰らず寮で過ごす者もいるようだ。それぞれの家庭の事情なのだろう。  その日はふと図書館に立ち寄った。特に調べたいことがあったわけではなかったが。今思えば、ここが始まりだったのだ。 広い図書館には本を読んだり、勉強したりと、数人がゆっくりとした時間をすごしていた。 タイガはなにかを探すわけではないが、奥の本棚のほうに歩みを進めた。    そこには彼がいた。カエデだ。小柄なカエデが必死に背伸びをしながら、本棚の一番上ににある本に手をかけていた。届きそうで届かない。次の瞬間、タイガはカエデの目的の本を軽々と手にとった。  カエデがさっと振り返り、大きく目を見開いてタイガを見た。琥珀色の大きな瞳。図書館に入る西日を受け、澄んだ瞳は透明感を増していた。 「あ、これ。とりたかったんだよな?」 タイガが手にした本を差し出す。建築系の本のようだ。 「ありがとう!一瞬横取りされたのかと思ったよ。」 「えっ、!?」 「あははっ。」 カエデの笑いにつられて、タイガも笑っていた。これが、カエデとの初めての会話だった。  その日から、タイガはちょくちょく図書館に行った。カエデがよく図書館を利用していたからだ。 二人ですごす時間は楽しくあっという間にすぎていった。カエデは些細なことでもよく笑う。だから、タイガも自然と笑うことが多くなった。彼の笑顔はそこにある負のエネルギーを全て浄化してしまうようなパワーがあった。他人といてこんなに幸せを感じたことがない。この気持ちはいったいなんなのか。お互い気遣うこともなく、一緒にいるのが心地よかった。サクラと過ごした後だから、余計にそう感じたのかもしれなかった。 「タイガ!お前、サクラちゃんと会ってるか?」 ふいに思い出したようにオーガスタが尋ねてきた。 「え?いや。連絡先知らないし。」 素っ気無いタイガの答えにオーガスタは眉根を寄せた。 「えー。」 「サクラちゃん、またお前に会いたいらしいぞ。」 「え?」 「お前がカッコ良すぎて、緊張して話せなかったんだってー。」 オーガスタはヒューヒューとはやし立てながらサクラの気持ちをタイガに伝えたが、タイガの決意は変わらなかった。  カエデと過ごす心地良さを知ってしまった今、タイガはどうしてもサクラと会う気にはなれなかった。 会ってもきっとカエデと比べてしまう。  タイガは性別を越えてカエデに惹かれていた。カエデと仲良くなってから毎日が楽しいのだ。空の色だって今までと違って見える。もしかしたら自分は変わっているのかもしれない。でも、それでも構わないと思った。一度きりの人生だから、自分が一緒にいたいと思う人といたかった。ただ、相手が同じように思ってくれているとは限らないが…。  大学に進学する時、タイガはカエデへの気持ちを伝えようと思った。二人の学部が違うので、キャンパスが異なる。これまでのようには会えないからだ。カエデの答えによっては、二人の関係が終わってしまうかもしれない。しかし、タイガは新たな一歩を踏み出すことにした。 「カエデ…。大学に行ったら、今までのように会えないだろ?」 「そうだね…。」 「あの…。俺…、俺っ、カエデの特別になりたいんだ。」 タイガはカエデの目を真っ直ぐ見て言った。カエデのどんな反応もすべて見逃さないように。 「タイガ…。僕も。僕もそうなったらいいなって思っていた。」 「ほんとうに⁈やったー!!」 タイガはこの時の幸せな気持ちを忘れることはなかった。ほぼ無理だと思っていたのだ。しかし、カエデは受け入れてくれた。 「カエデ。女子にも人気あるからダメかと思った。」 「それはタイガでしょう?僕はこの外見のせいか女子には全くダメだよ。それに、女の人は苦手たがら…。」 俯きがちに答え、カエデは言葉を詰まらせる。カエデの家庭の事情はタイガも知っている。父親の再婚相手である義母との折り合いがよくない。そのためいろいろ大変だったことも。 「これからカエデには俺がいる。俺にはカエデがいるし。俺たち、無敵だな!」 「うん!」    こうしてタイガはカエデと付き合うことになった。それからカエデが電話でタイガに別れを切り出すまでほんとうに幸せだった。カエデを失って、自分の人生は終わってしまったとタイガは思っていた。 自分がカエデに抱いたような気持ちを、また誰かに抱くとは考えられなかった。  しかし、今、目の前にいるカツラにタイガは強い思いを抱いていた。カエデのときとは違う。でも確かな愛おしさだ。カツラが失恋の地獄から救ってくれた。カツラのことをもっと知りたい。彼と触れ合いたい。  『アイビー』に来たときは狼狽えていたタイガであったが、カツラと話している間に覚悟が決まったのか、今は不思議と気持ちが落ちついていた。この人を絶対に離したくない。  タイガは大きく息を吸い、カツラの返答を待った。

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