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第15話 朝焼け
カツラの唇がわずかに開く。
「タイガ。」
タイガは覚悟を決める。なにを言われても、まずは受け入れる。それからだと。タイガはカツラを見つめ続けた。
「俺、こういうこと初めてだから…。そっか…。嬉しいよ。ありがとう。」
カツラからの肯定的な言葉を聞き、タイガは体の力がぬけた。緊張していたのだ。しかし、次の瞬間疑問が湧いた。カツラは「ありがとう」と言った。これはどういうことだ?
同性から告白されたのだ。初めてのことだが、相手を傷つけないように気を使ってくれたのだろうか。タイガは高速で考えを巡らせる。
「タイガ?」
よほど怖い顔をしていたのだろう。カツラがそっとタイガの様子をうかがった。
「うん。聞いてる。」
次に否定の言葉がくるのかと、タイガは身構えた。
「俺は男と付き合ったこともあるから、大丈夫だ。タイガもそうだとは思わなかったけど。これからよろしく、タイガ。」
カツラがあまりにもさらっと言ったのでタイガはすぐに理解ができなかった。数秒後、受け入れてもらえたのだと理解する。
まさか、まさか了解をもらえるとは。タイガは嬉しさのあまり言葉がすぐに出なかった。
「タイガ?」
「うん…!これからよろしく。俺、大事にするから。」
勢いのあまり、タイガはテーブルの上で指を組んでいたカツラの両手を握りしめた。カツラの視線がそこにむく。
「あっ、ごめん…、つい。」
タイガが手をはなそうとすると、カツラが自分の手をタイガに重ねた。
「そんなに気をつかうなって。俺たち、もう付き合っているんだから。だろ?」
カツラに優しく見つめられて、タイガは素直にその言葉に従った。
二人は軽くお互いの手に触れながら話をした。今まで『desvío』でも話を重ねてきたが、濃さが全く違う。タイガはカエデの話もカツラにした。どういういきさつで『desvío』に行くことになったのか。カツラには知っておいてほしかった。カツラはなにも言わず、黙って話を聞いてくれた。気づくと時計の針は四時を過ぎていた。
「この店って何時までやってんだ?24時間営業じゃないよな?」
タイガはすっかりカツラとの二人の世界に入り込んでいた。美しいカツラはもう自分だけのものなのだ。彼と見つめ合い話せる幸せを噛み締める。現実世界に戻って店内を見ると、タイガ達以外に一組の客がいるだけだった。
「毎日やっているわけじゃないから。気まぐれなんだ。深夜営業しているときは六時までかな。」
「へえ、すごいな。マスター大丈夫なのか?」
「朝方になると、違う人が来るらしい。俺もここまで長居したのは初めてだ。俺たちもそろそろお暇しようか?タイガ、家まで帰れる?」
「ここから一駅だから、歩いて帰るよ。カツラは?」
「俺は徒歩圏内。」
タイガとカツラは『アイビー』を後にした。こうなってしまっては、カツラとは別れがたかった。しかし、タイガは明日は休日だが、カツラは仕事があるとのことだった。早く帰って休ませなければ。
「じゃ、タイガ。またな。」
「うん。また...、カツラ。」
カツラと別れ、意気揚々と家路に向かうタイガ。カツラとの会話を思い返し、一人ニヤついていた。しかし、タイガの胸に少しモヤモヤしたものがあった。「男と付き合ったこともある。」カツラはそう言っていた。
カツラは魅力的だ。周りが彼を放っておくはずがない。タイガよりも年上なのだし、それなりに経験があってもおかしなことではない。こんなことは気にしても仕方がないことだ。今、カツラがフリーだったことも運がよかったのだ。これからの二人のことを考えようと頭を切り替える。そして次に『desvío』に行くときはどんな顔をして行こうかと考えた。もう自分はカツラにとって、ただの客ではないのだ。嬉しさが込み上げてくる。
タイガは心配してくれた先輩のフジキにカツラを紹介しようと思った。きっと驚くに違いない。タイガは朝日に照らされた自宅に続くアスファルトを軽快に歩いて行った。
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