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第23話 すれ違い
カツラの出張明けの日曜日に会ってから、タイガはカツラと二人で会うことはできてないかった。タイガが大きな仕事を叔父から直接頼まれたからだ。そのプレゼンの用意のため準備するものが多く、『desvío』にさえ行けていなかった。
お互いメールは毎日やり取りしていたが、当り障りのない内容だった。カツラも仕事をしている身であり、タイガより歳上だ。仕事が理由で会えないことに理解があることはありがたかったが、タイガは少し寂しくもあった。強く求めているのは自分だけではないのかとそう囁く心の声をつとめて気にしないようにしていた。
「タイガ、見込まれているんだよ。きつい仕事かもしれないけど、折れずにがんばれよ。疲れたらカツラくんに慰めてもらえ。」
「フジキさん。茶化さないでくださいよ。とにかくすごい量で。それだけ桁が違うってことですから、やり甲斐はありますが。」
フジキとの帰り道、雑談に花を咲かせていると、カツラからメールがきた。明日、例の婚約パーティーだと。日程は前もって聞いてはいたが、タイガも忙しかったのですっかり失念していた。 なにも心配することはないだろう。タイガはカツラを信じていた。
今夜もこのまま真っ直ぐ自宅に帰り資料作りだ。がんばれば明日は少し時間ができる。タイガはパーティーの場所も知らされていた。タイガはやはりカツラに会いたかった。婚約パーティーはそこまで遅くならないはずだ。終了時間あたりに様子を見に行き、そのまま一緒にカツラの家にいけばいい。
タイガはそう決心しフジキに別れを告げる。急いで自宅に帰り早速仕事に取り掛かった。愛しくてたまらない恋人に会えると思うと元気がでる。まだ軽いキスしかしていないが、カツラの唇の感触をタイガはしっかりと記憶していた。もう一度あの柔らかい唇に触れたい。触れるだけじゃなくて...。妄想が膨らみ仕事の手が止まっては明日カツラに会えなくなる。気持ちを切り替え集中する。
翌日。午前中は残った仕事を目標の段階まで仕上げ、昼過ぎにゆっくりと出かける準備をした。招待客ではないが、あまり場違いな服装では浮いてしまう。タイガはかなりの長身なので目立つ。慎重に服を選び目的の会場に向かった。
会場は坂を上がったところにあった。ガーデンと名がついているだけに美しい花々が咲き誇っていた。御伽話に出てきそうな場所だ。会場の遠巻きから中を伺う。かなりの人数が招待されているようで、タイガはカツラを見つけられるか不安になった。
しかし、そう思ったのも束の間、一人異彩を放つ人物がいた。目を引く長身。黒のスーツに胸元には白い霞草。いつもはおろしている前髪をオールバックにセットしている。額は黄金律でカーブを描き、高い鼻筋をより目ださせていた。久しぶりにみるカツラはこの場の雰囲気も相まって美しかった。
彼を見ようと、特に女性たちからの視線が熱い。カツラの横にいるツバキはしっかりと彼の腕をとり、優越感に浸っていた。
ツバキがカツラになにか話しかける。身長差があるため、カツラがツバキに顔を近づける。
タイガは心臓がドキドキと早くなるのを感じた。
それは俺のものだとこの場で叫びだしたくなる衝動を抑える。周りの者たちは二人がカップルだと思っているにちがいない。先日二人から聞いたばかりだが、とても友人には見えなかった。カツラの笑顔が今は自分にではなく、ツバキに向けられていることにタイガは理不尽さを感じた。
曲がなり出した。カップルたちはそれぞれお互いを見つめ、手に手を取りリズムにのりダンスを始めた。あの二人も…。
歓声があがった。そちらに顔を向けると今日の主役の二人がいた。二人とも標準よりは上の容姿をしていたが、カツラ相手では見劣りした。カツラは主役の二人よりも明らかに目立ってしまっていた。
二人から充分距離をとりダンスを楽しむ人達を観察していたタイガは、主役の女性の意識がカツラに向いていることに気づいた。彼女の視線がチラチラとカツラの方に向く。
タイガからは主役、カツラたちの姿が正面に見えた。主役の女性を背にカツラはツバキと会話をしながらダンスをしている。ツバキは、カツラの肩越しに主役の女性がカツラのことを気にしているのを気づいているに違いない。
タイガは視線を落とし、ため息をついた。女性同士の優越感のための道具に利用されているカツラに同情したからだ。タイガは下を見たまましばらく音楽に耳を傾ける。
そして、タイガが再びカツラに視線を戻した瞬間、信じられない光景を目にした。
二人が...。カツラとツバキが...。口付けをしていた。タイガとカツラがしたような淡いキスではない。もっと深い。ほんとうに愛し合っている恋人がするような深いキスだ。
タイガは自分の心が音をたてて壊れていくのを感じた。
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