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第25話 朝

 満月の夜、カツラと話してからタイガは完全にカツラのことは吹っ切れたと思っていた。不満に思っていたことを話したおかげですっきりした。もともと合わなかった、お互いの価値観や背景が違いすぎると自分に言い聞かせていた。カツラからの連絡もあれから途絶えている。せいせいすると無理やり思い込み、はやく新しい一歩を踏み出そうとしていた。  しかし、心の奥底ではいまだにカツラへの複雑な思いが渦まいている。カツラは男性しか恋愛対象としてみられない自分とは違う。タイガは無意味なことだとわかっていたが、カツラの恋愛対象になりうる女性に嫉妬していた。やはり男より、女の方がいいのだろうと。ならばなぜ、最初に自分との交際を受け入れたのか。いくら考えても答えはでない。タイガの中ではこのようにまだ怒りは燻っていたが、それに気づかないふりをし仕事に向かう毎日だった。  満月の夜の別れから三日目。出勤前のタイガは会社の前で声をかけられた。 「タイガ。」  声の主はカツラだった。こんな朝方にこんな場所にいるなんて。明らかに目的はタイガに会うことだ。信じられないとう目でタイガはカツラを一瞥し、目を逸らす。カツラは手になにか袋を持っているようだ。 「おはよう。機嫌、少しは直った?」 カツラはなにごともなかったかのように、いつも通りの感じで声をかけてくる。タイガは無視を決め込み構わず歩き続けた。カツラはめげずについてくる。 「これさ。タイガ好きだと思って作ったんだ。昼休みでも、家でもいいから食べてみて。自信作なんだ。」 そう言い、手にした紙袋を差し出した。タイガはそんなカツラを無視して会社の中に急いで入っていった。 「なんなんだ、いったい。空気読めないのかよ!」心の中で悪態をつく。今やカツラのやることすべてに苛立つタイガであった。  その次の日も、次の日も…。カツラはタイガに毎朝会いに来た。手にはいつも紙袋があり、手料理を携えていた。しかしタイガは全て無視した。  毎朝現れる美形に周りの注目が集まるのは時間の問題だった。あれだけ目立つ人物が毎回話しかけるタイガも周りの好奇の的となり始めた。二人のことは噂になり、タイガは居心地の悪さを感じた。  昼休み、フジキと二人連れ立って外に出た。いつも昼飯に利用する店には短い行列ができていた。回転の速い店なので、並んで待つことにした。 「どうなってるんだ?お前ら?」 朝の二人の様子の噂がフジキの耳にも入っているようだ。 「もう終わったことなんで。」 タイガは俯いて答えた。この話はフジキ相手でもあまりしたくはなかった。 「むこうはそんなつもりなさそうだけどな?」 「やめてください。いい迷惑ですよ。こんなところまで毎日来て。まるでストーカーじゃないですか。」 「厳しいねぇ。でも俺はちょっと安心したんだけどな。」 「え?」 「最初お前が好きで好きでしょうがないって感じだったからさ。カツラくん、経験豊富そうだし、掌の上で転がされているんじゃないかって、心配だったんだ。でもあの様子じゃ、むこうもお前にかなり惚れているみたいだからな。」 「…。」 フジキは微笑みながら続けた。 「なにがあったか知らんが、ちゃんと時間とって話し合ったらどうだ?」 「でも...。」 一瞬言いよどむ。 「口をきくのも嫌なんです。」 「じゃ、俺がもらっちゃっていいな?カツラくん、綺麗だし、性格もいいし。ノーマルの俺でもいけるわ。」 「え!!」 「なんだよ。お前、いらないんだろ?」 フジキを見る。彼の思わぬ発言に体が硬直する。フジキの目からは本気で言っているのか判断できなかった。カツラが他の男に触れられる...。それがたとえフジキだとしても嫌だった。今まで想像もしなかった。カツラと別れるということは、彼は自分のものでなくなるということだ。他の男のものになるカツラを想像しただけで気分が悪くなる。それは絶対に嫌だった。 「だめです。」 タイガは蚊が鳴くような声で答えた。 「え?なんだって?」 「それはだめです!」 やっとタイガの本心を聞けたというふうにフジキはなだめるように言った。 「ほら。まだ惚れてるんだよ。自分の気持ちに素直になるんだ。後悔しない内にちゃんと話し合え。深夜まで仕事して、お前の時間に合わせてここにくるのだって大変だろ。それだけお前が大切ってことなんじゃないか?」 フジキの言葉はタイガに刺さった。  タイガは今日まで怒りにまかせ、カツラの気持ちを全く考えなかった。なぜ、彼がそうしたのかも聞く耳も持たず考えようともしなかった。情けないがそんな余裕はなかった。それだけカツラに心を奪われているということだ。フジキに言われ、こんなにも腹がたつのは愛おしさゆえなのかと気づく。そう、自分はカツラに、あの男に夢中だ。霧が晴れたように少し気持ちが楽になった。そしてやはりツバキとの件もカツラの口からきちんと聞きたい、聞くべきだ。今は素直にそう思えるようになっていた。 「タイガ。恋人なんてもんは、一晩一緒にすごせばだいたい元通りにうまくいくもんだ。だろ?」 フジキカラの指摘にタイガは俯いた。 「カツラとはまだそういう関係じゃ…。」 小声でタイガがつぶやいた。フジキはタイガが奥手なことは知っていたがこの事実は意外だった。カツラはタイガより年上で経験も豊富そうだった。二人はもうとっくに深い仲になっていると思っていた。フジキはかわいい後輩がちゃんと大切に思ってもらえていると安心した。 「とにかく話し合いだな。」 「フジキさん。ありがとうございます。俺、カツラと話します。」 フジキとの核心に迫る話し合いで、タイガはようやくカツラと話そうと思えるようになった。 「そうだな。なるべく急げよ。ああいうのは周りがほっとかない。」 フジキの言葉にタイガが絶句しているとフジキが笑いながら励ました。 「ははは。冗談、冗談まぁ、まずは腹ごしらえだ。」

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