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第26話 つながり
昼飯を終えたタイガはフジキと話せたおかげで、久々に気持ちが落ち着いていた。タイガは今夜早速店に行き、その後は『アイビー』でもカツラの家でもいいからゆっくり話をしようと決めていた。まずは店に行って、自分がカツラと話す気があるという姿勢を示さなければ。カツラと会うことが待ち遠しいせいか時間はあっという間にすぎた。
夕方近く、タイガは社内で思わぬ人物と再会した。
「タイガ。」
「カエデ!なんでここに?」
「フジキさんに、資料を届けに。タイガ、元気そうだね。」
フジキは会社の建築部門にいる。同じ建築関係の仕事をしているカエデとは交流があるのだろう。タイガに気遣って、カエデの話はあまりしないが。久しぶりに会うカエデは昔のままだ。柔和な笑顔を携えている。
「カエデも元気そうだ。彼と...。うまくいっているんだな。」
「うん...。あのとき、きちんと話せてなくて。急なんだけど、今日って時間ある?タイガには話しておこうと思って。」
「悪い。今日は予定が入っいて。また今度でいいか?」
「そう、タイガがそれでいいのなら。僕はこれからたまにこうして資料届けにくることになりそうだから。この界隈っていいお店があるみたいだね。そこで美味しいものでも食べながら今度話そう。」
「そうだな。俺もすごくいい店知っているから案内するよ。」
タイガの頭には『desvío』が思い浮かんだ。カツラの顔も。あの美しい恋人をカエデに紹介しよう。カエデも安心するだろう。タイガは自分のことは気にせず、カエデには幸せになってほしかった。
「うん。楽しみにしている。じゃ。」
「おう。」
カエデとなんのわだかまりもなく会話ができた自分にタイガは驚いていた。それだけ時間が経ったということか。そして今、自分にはカツラがいる。数か月前は、タイガの頭を支配していたのはカエデだった。
しかし、今はカツラのことばかりだ。喜びも、悲しみも、怒りも、全てカツラに関することだ。お互い向き合って感情的にならずに話し合おう。はじめて『アイビー』で話した時のように、手を触れあい話し合えば怒りに支配されることはないはずだ。それぞれの気持ち、希望を伝えあえばいい。
いつにない前向きな気持ちになり、仕事を終えたタイガは『desvío』に向かった。久々の『desvío』は混んでいた。カツラの姿は見えない。ウィローはカウンター真ん中あたりを行ったり来たりしていた。タイガはいつもの席に腰を下ろし、酒を頼み、料理を注文する。自分の姿に気付けばカツラは必ずここに来るはずだ。しかし、いつまで経ってもカツラがタイガのところに来ることはなかった。
今夜カツラは出勤のはずだ。目を凝らして奥側を見ても、タイガの方からは店の奥までは見えない。首を伸ばし目を凝らすがカツラらしきシルエットは確認できなかった。タイガが店に入ってから一時間近くが経とうとしていたが、カツラは現れることはなかった。次第にタイガの中に焦りがうまれた。
急遽、休みになったのだろうか。カツラが今日休みならば、タイガはカツラの自宅にむかわなければならない。怒りに任せてカツラに鍵を叩きかえしたので、勝手に家に入りこむこともできなくなった。そんなことを考えていると、ウィローがようやくこちら側にきた。
「タイガさん、お久しぶりです。大丈夫ですか?オーダー聞けてます?」
「うん。大丈夫。ところで…。」
一瞬言いよどむが意を決してウィローに尋ねる。
「今日はカツラはいないのか?」
「カツラさん、急遽出張になっちゃって。それで今夜はこの有様なんです。普段、よく回せてるなぁ、カツラさん。」
タイガは自分がカツラを長い間無視し続けていたことを忘れ、そんなことは聞いていないと激しく動揺した。そして何故このタイミングでと心の奥底で一抹の不安を感じる。
「また店長がギックリ腰でも?」
「タイガさん、よく知っていますね。」
ウィローは少し驚いた様子で続ける。
「でも今回は違います。相手側から来れたら来てって感じのだったんですけど。勉強にもなるから行くってカツラさんから。」
冷や汗が背中を伝う。今の二人の状況で自ら希望して出張に行ったカツラの心理を想像したくはなかった。タイガは今さらながらにずっとカツラを無視し続けた自分を呪った。焦る気持ちがウィローを質問責めにしてしまう。
「いつ、戻るんだ?」
「ついでに研修みたいなのもあるらしくて。二、三週間らしいっす。」
タイガは愕然とした。ようやく話し合う気持ちになれたというのに。二、三週間は長すぎる。
「はは…。そんなに長く留守じゃ、店大変なんじゃ。」
途中でだれか交代で行くのでは期待して言葉に出す。しかしウィローからの返事はタイガが期待したものではなかった。
「そうなんですよ!お前たち修行だぞって店長が。体も脳も筋肉痛になりそうで。」
タイガはウィローの話に愛想笑いをした。カツラは長くて三週間も戻ってこない。タイガは今すぐカツラに電話をしたかった。今朝、今朝会ったのに。タイガはカツラに邪険な態度をした。もう愛想を尽かされてしまったのだろうか。
急いで会計を済ませ店を出た。歩きながら震える手でカツラに電話をかける。
「おかけになった番号は…」
番号を間違ったと思い再度メモリを確認してかけなおす。携帯からは先ほどと同じメッセージが流れていた。
タイガとカツラのつながりは『desvío』以外、なくなってしまった。
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