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第27話 カツラ
幼い頃からカツラは要領が良かった。人に合わせるのが上手いのだ。容姿も人並みよりずばぬけていたので、仲良くなりたいと勝手に人が寄ってくる。
思春期になる頃には異性から言い寄られることが多く、付き合う相手がいない時期はなかった。選り好みもあまりなく、来る者拒まずのところもあったからだろう。
ただ、付き合い始めても関係は不思議と長続きはしなかった。それは相手から別れを切り出されることもあったし、カツラから振ることもあった。どちらにしても、カツラがその後相手に固執することはなかった。
カツラはこれまで人に強く心惹かれるという経験がなかった。そのため相手が自分に対して抱く思いに共感することがない。一目見て恋におちる心理など到底理解できない。生理的に無理でなければ受け入れる。一緒にいてなんとなく楽しいから受け入れる、もしくは自分から持ちかける。カツラにとって他人との関係は淡泊なものだった。
大学を卒業するまでは、カツラの交際相手は女性ばかりだった。自分と体の作りが違う女性との交際は楽しいと思うこともあれば、面倒だと思うこともあった。カツラから別れるときは、専らその面倒くさいが原因だった。
転機が訪れたのは大学の時。大学のOBに就職について相談している時だった。
まじめで面倒見の良い彼はカツラをなにかと気にかけ、まめに連絡をくれた。彼は人の良さが顔に出ており、中学時代から付き合っていた女性と籍を入れたばかりでとても幸せそうだった。結婚などカツラは考えたことがなかった。そもそもあまり人に興味のない自分が、誰かと人生を添い遂げられるとは思えなかった。
そんな幸せそのものだった彼が、ある日を境に会う度に様子が変わっていった。
「最近どうしたんです?元気ないですね。」
「...。」
「俺でよければ聞きますよ?」
カツラは深い考えなく言った。
「妻が妊娠した。」
「それはおめでとうございます。」
カツラは祝いの言葉を述べた。しかし彼は浮かない顔のままだ。カツラが黙ったままいると、彼はつぶやくように言った。
「生まれてくる子供は俺の子供ではない。」
「えっ?」
カツラは一瞬耳を疑った。
「妻は俺を裏切っていた。後悔していると今は反省している。」
そんなことは言い訳で、うまく利用されているだけに決まっている。カツラは彼に感じたままを伝えた。
「別れればいいじゃないですか。」
カツラの言葉に彼の瞳が揺れた。その瞳を見てカツラは理解した。彼は妻と別れたくないのだと。直感通り彼はカツラに言った。
「俺はまだ妻を愛している。大切な存在なんだ。一度の過ちで離れるなんてできない。彼女なしでは俺は無理なんだ。」
カツラは何故彼がこれほどまでに自分以外の人を愛せるのか理解できなかった。カツラにはそんな経験は今まで一度もなかったからだ。
ただ、こんなふうに人を愛せる人に自分を委ねてみたいと思った。
結果、カツラは彼を誘惑した。同性同士で抵抗がなかったわけではないが、こういう人間と体を重ねたら自分の中でもなにか変化があるのではと思ったからだ。
彼は最初はカツラとの関係を拒んだ。しかしやはり憤り、やるせなかったのだろう。最終的には彼はカツラを受け入れた。その関係は彼の子供が産まれるまで続いた。
カツラにとって、その行為は女性とするそれとさほど変わらなかった。それ以来、カツラには付き合う上で性別のこだわりはなくなった。
どちらかと言うと大切にしてくれるから、同性とのほうが精神的にも肉体的にも気楽だった。カツラは刺激よりも安定を求めていたのかもしれない。
いいよる男、女はつきなかったが孤独は常に感じていた。自分はほんとうに心から欲しいと思える人に、この人生で出会えるのだろうかと。
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