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第28話 酒の出会い

 就職活動は形としては行っていたカツラだったが、特に惹かれる仕事はなかった。セミナーでたまたま降りた駅で昼飯を食べようと適当に歩いていると、洒落た店が立ち並ぶ路地に行きついた。まだ営業前の店が多いらしくほとんどが閉店している。どこか入れる店はないかとゆっくり通り過ぎていると一際目立つ建物が視界に入った。 『desvío』  新しく開店準備中なのか、店の中はまだ工事中のようだ。おそるおそる中をのぞく。カウンターの向こう側にはところ狭しといろんな種類の酒が並べられていた。カツラが見惚れていると、背後から声をかけられた。 「なんか用?」 「え?」  振り向くと白髪交じりの中年の男がエプロン姿で立っていた。この店の店主だろうか?手には珍しいラベルの酒を持っている。カツラの視線がその酒にいく。 「飲みたいか?」 「えっ。あ、はい。でも、いいんですか?」 「いいよ。おいで。」  店主は店の中にカツラを招き入れた。薄暗い店内は奥行きが広かった。真新しい木の香りがする。店内は落ち着いて酒が飲めるよう、くつろげる雰囲気に仕上げられていた。 カツラは勧められるままカウンターの一席に座った。店主が先ほど手にしていた酒をグラスにそそぐ。ほんのりとうすいブルーの液体。カツラはいただきますと言って酒を口にした。 「美味しい…!」 ほのかにハーブの香がする。喉越しも爽やかだ。こんな酒は初めてだった。 「ふふふ、そうだろう。」 店主は得意そうに微笑んだ。 「これ、高いんじゃ?」 カツラは飲んでから値段が気になって尋ねた。 「それは奢りだよ。それにうちは高級なもの専門で扱っているわけじゃないから。値段は普通でも、他ではなかなか味わえないものを置いてるんだ。」 「なるほど。」 店主の話を聞き、カツラは改めて目の前にある様々な酒を眺めた。カツラはこの店に興味をそそられた。 「あの...。この店、近々オープンですよね?人手、足りてますか?俺、この店で働きたいです。」 姿勢を整え、真っ直ぐな目で店主に言った。 「うちは別に構わないよ。でも仕事覚えるのは大変だよ?酒の種類多いからね。しかも料理もある。君、料理できる?」 一人暮らしのカツラは時々自炊をしていたが、腕に自信があるわけではなかった。しかし、初めて自分から働きたいと思ったのだ。ここで引くわけにはいかない。 「俺、がんばります!」 「そう。じゃ、採用決定だ。よろしくね。君、…。」 店主に名前を聞かれる前に自ら名乗った。 「カツラです。よろしくお願いします。」 「カツラくんか。よろしく。来れるなら早速明日からでも来て欲しいんだ。実はまだバイトの募集をかけていなくて。開店準備も人手がいると助かるから。」 「わかりました。明日から伺います。」 こうしてカツラは『desvío』で働くことになった。 「カツラ。今日から二泊で酒の仕入れに行ってくるから。店、頼んだよ。」 「了解、店長。いい酒仕入れてきて。」  カツラは今では『desvío』では店長に次ぐ酒の知識がある。料理も勉強し、人に誇れる腕になっていた。後輩からも慕われ今までにない充実感を抱いていた。 しかし、他人を求めないカツラは大勢の人と一緒に楽しい時間を過ごそうと、疎外感を感じることが多かった。同世代の者たちは特定のパートナーを見つけ結婚する者もいる。男女問わず大多数と付き合ってきたカツラであったが、特別な存在を感じたことはない。自分は他の者たちとは違う。何故、求め愛することができないのか。  周囲が羨むような容姿、人柄を持つカツラであったが、彼は誰よりも孤独だった。

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