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第31話 自覚
「振る舞い酒が…。復活したのか?」
振る舞い酒?カツラはタイガの質問にドキリとした。カツラが彼に無料で勧めた酒のことを言っているのだと気づく。どこまで答えればいいのか…。
「君のことが気になって仕方なかった。」なんて言ったら引かれるかもしれない。相手は同性だ。本当の気持ちを彼に伝えるのはまだ早い。
まさか無料で提供する酒について聞かれるとは思いもせず、答えを用意していなかった。仕方なくあくまで店のサービスの一つだと伝えた。
カツラはもちろんタイガとこれきりにするつもりはなく、料金ありでよければオススメの一杯を提供すると約束した。奢ってやりたい気持ちはあったが、それではおそらく変に思われてしまう。カツラの提案にタイガは喜んでくれた。これからもタイガと店で会う約束を取り付けたカツラはそっと胸を撫でおろす。
初めて近くで見るタイガは、カツラの目にはとても魅力的に映った。ガタイもいい。包容力がありそうで女にモテるのではないか。精悍な顔立ちも悪くない。
タイガに見つめられると心拍数が上がる。カツラは今まで経験したことがない胸のときめきに戸惑っていた。そのためいつものように会話の主導権を握りうまく切り返すことができない。タイガに対しては普段の自分ではいられない。タイガに本気になりつつある気持ちをカツラは自覚していた。はやる気持ちを押し殺し、タイガとゆっくりと距離を縮めていこうと決めていた。初めて他人に抱くこの気持ちを大切にしたかった。
こんなふうに常にタイガのことばかりがカツラの頭を占めていた。もちろんカツラはタイガの名前を既に知っていたが、不自然にならないように初めて対応したときは彼の名前を呼ばなかった。タイガから自分の名前を聞かれたときは天にも昇る気持ちになった。お互い自己紹介がすんだときは自ら握手まで求めた。少しでもいいからタイガに触れたかったからだ。こんなことも今までしたことがなかった。タイガの手は熱っぽく、触れられたところは熱を帯びた。全神経がそこに集中したような感覚だった。
客に自分から積極的に関わることなど面倒なこと以外何ものでもないと思っていたカツラだったが、タイガに対しては例外でそんな思いは吹き飛んでしまっていた。
週末、またタイガが店にやって来た。
せっかく顔見知りになれたのだから、カツラは自分の持ち場を戸惑うウィローに無理を言い変わってもらった。タイガと一緒に過ごせる時間は一秒でも無駄にしたくなかった。
ゆっくりそばに近づいていく。
タイガは急用が入ったらしく、仕事モードの顔でパソコンを睨みつけていた。カツラがそばに来たことも気づいていない。カツラは邪魔にならぬよう作業を続け、タイガの様子を思う存分堪能した。
カツラはタイガとずっとこうしていたいと思った。
彼の持つ優しい眼差しが好きだ。その目に見つめられると幸せな気持ちになる。
話がなくてもただそばにいるだけでお互い安心できる関係。カツラはタイガにも同じように感じてほしかった。
そうやって一人タイガとの妄想を膨らませていると、タイガがカツラに気がついた。
仕事が片付いたのか、ぼぉっとしている彼にカツラは面白い酒を作ってやろうとカクテルを作ることにした。色とりどりの酒やジュースを混ぜるのだが、最終的には無色透明になってしまうマジックのようなカクテルだ。それでいて味はいい。
出来上がったカクテルを見て、目を丸くしているタイガの反応が面白すぎてカツラは思わず吹き出してしまった。
タイガは本当にかわいい。表情がコロコロと変わる。俺はお前が好きだとはっきりタイガへの自分の気持ちを自覚した。こうなると是が非でもタイガを自分のものにしたかった。俺だけを見てほしい、この先ずっとタイガといたい。まだ数回しか会っていない人物にこんな感情を抱くことに自分でも驚いていた。
それから間もなくウィローが呼びに来た。カウンターの奥側が手がつけられなくなったらしい。楽しい時間は無常にも終わってしまった。ウィローに呼ばれたカツラはタイガに自分の気持ちを気取られぬよう軽く挨拶をし、その場を後にした。
人生で初めての経験をしているカツラは、タイガに接する態度にとても慎重になっていた。
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