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第32話 初恋
タイガはまめに『desvío』に来るようになった。もうすっかり店の常連だ。カツラはタイガがいる時はなるべく彼のもとへ行くようにしていた。
しかし、他の客も適当にあしらうわけにはいかず、二人の距離が客と店員から縮まることはなかった。苛立ちは募っていったがどうすればいいのかわからない。
しかも、タイガと話すといっても、カツラはそこまで深い話はできていなかった。以前、試しに恋人の話をふってみたが、うまくかわされてしまった。これでは今付き合っている者がいるのかいないのかも判断できない。タイガの反応からもしかしたら触れられたくないのかもしれないと感じた。相手が嫌がる話題を振って自分を避けられるのは困るので、それ以上その話はできなかった。
ある日、タイガの隣りに面倒な客がいた。なにかと話しに割り込んでくる。しかし客を邪見に扱うことはできないので、のらりくらりと会話を続けるが、カツラも早く帰ってくれと辟易していた。
そしてタイガの様子もおかしい。今夜タイガははずっとうつむいているような気がする。カツラは今日その客のせいで、タイガとまともに話せていなかった。
その日タイガの様子がどうしても気にかかり、カツラは思い切って賭けにでることにした。一歩踏み出してみることにしたのだ。
「毎度ありがとうございます。カードと控えのレシート。」
カツラはタイガに渡すレシートに、二人で会いたい旨を記入した。彼はレシートになにかあると気づいたようだったが、そのまま特に反応を見せずに店を後にした。
カツラは緊張のあまり、店の住所を書き忘れてしまった。指定した店はぱっと見わかりづらい店だ。カツラは後悔した。わけが分からず帰ってしまったのではないか。
カツラはすがるような気持ちで『アイビー』に向かった。退店時のタイガの反応を思い出す。不安をかき消し店へと急ぐ。『アイビー』に到着した。
おそるおそるドアを開け店内を覗き込んだ。
いた!タイガらしき人が。両手の上に頭を乗せて軽く寝息をたてている。カツラはこんな深夜まで場所もわからない店にわざわざ寄ってくれたタイガを愛おしく思った。タイガの肩をそっと揺らす。
「タイガ?」
彼が目を覚まし、レシートの件を聞いてきた。ごまかしはもうきかない。カツラはタイガの様子を見ながら言葉を慎重に選び答えた。
どこまで言えばいい?君が好きだとはまだ言えない。タイガがノーマルだったら?この関係も終わってしまう。
カツラにとってはこれが初恋だった。タイガとの関係を確実なものにしたかった。遠回しに遠回しにタイガに思いを伝える。タイガの反応は?
「カツラの瞳が好きだ。そして、カツラ自身も。」
タイガの言った言葉が胸に染みる。涙がこぼれそうになるくらい幸せな気持ちになる。信じられなかった。同性同士の人間がお互いを求めていたなんて。人を好きになり、相手も自分を好きになってくれる。こんなことは奇跡のように思えた。嬉しさのあまり上手く言葉が出てこない。ようやく口を開きタイガに伝える。
「俺、こういうこと初めてだから…。」
誰かを本気で好きだと思ったことが今までなかった。こんな気持ちはタイガが初めてなんだ。自分の気持ちはタイガに伝わっただろうか。
カツラはタイガに手を握られ恋人になったことを実感する。満たされた思いで重なった手に視線を落とす。タイガが手に落とした視線に気づき、気を使い触れた手を放そうとする。慌てて引きとめる。もっと触れていてほしい。
その後は『アイビー』で二人、時間がたつのも忘れたくさん話をした。タイガがカツラに心を開いてくれている。
今まで店ではあえてしなかった話をしてくれた。かつて彼が愛した人の話も。カツラはタイガに信頼されているのだと嬉しくなった。
タイガを知れば知るほど彼に強く惹かれる。今まで不思議に思っていた恋の歌詞の意味も今ならはっきりわかる。カツラは自分に起きた内面の変化に驚いていた。でもそれさえ心地いい。
タイガを離さない。ずっとそばにいる。カツラは心に決めていた。自分は人に興味を抱かない。そのため、こんなふうに思える相手とはもう出会えないと。
カツラはタイガをこのまま自宅に連れ帰り、深くつながりたいと思った。しかし、焦りは禁物。今までのものとは違う。大切に育んでいかなければ。
その日はまた店で会おうとタイガと別れた。
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