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第33話 特別

 タイガと付き合い始めたカツラは、会う度に彼に惹かれていった。話しているとタイガの誠実さ、純粋さを肌で感じる。自分にはないものだ。だからこそ、こんなに惹かれるのだろうか。タイガの中身だけでなく、カツラはタイガの顔も大好きだった。まさに自分の理想のタイプが現実世界に現れたようなタイガに心を奪われていた。  生活時間が真逆の二人は満足に会う時間を取れなかったが、わずかな時間でもお互いが思い合っていると気持ちは確認できていた。  そして会うたびにタイガの明るく薄いブルーの瞳は本来持つ輝きを徐々に取り戻していた。カツラはその瞳に見つめられる度、心が満たされた。自分はかけがえのないものを手に入れることができたのだと今までにない充実感を感じていた。  今までカツラは求められるままに、割とすぐに体の関係を持っていた。しかし、タイガのカツラに対する姿勢は紳士で、すぐに全てを求めてくるようなことはなかった。こんな経験もカツラは初めてで新鮮だった。大切にされているのだと思った。タイガと早く体を重ねたいと思う気持ちは募っていたが、彼のタイミングに合わせるつもりでいた。今まで付き合った相手に対しては常にカツラが優位であった。しかしタイガに対してだけは自然とタイガのことを立てるようになっていた。  タイガと交際を始めて、また『desvío』が臨時営業になった。カツラはタイガと会いたいがために店のルールを破って今夜の臨時営業をタイガにメールで知らせた。 タイガは会社の先輩と来店するという。タイガと一緒に来た男を見て、自分が嫉妬した男だと気づいた。タイガは会社の先輩であるフジキをとても慕っている。カツラはタイガのためにも自ら交際していることをフジキに報告した。フジキからタイガを頼むと言われたときは誠心誠意の気持ちで答えた。 「はい。大丈夫です。」    二人のいつもの待ち合わせ場所は『アイビー』だ。 カツラとしては早くお互いの家を行き来する仲になりたかったが、タイガからそんな様子はうかがえなかった。ある時、タイガから思いがけない提案を受ける。 「カツラの家の鍵、もらえないかな?」 「え?」  これはカツラにとって、渡りに船の申し出だった。カツラはタイガと出会いつき合うようになってから、ここ数年ナリを潜めていた性欲が復活していた。それはただ好きな人と触れ合いたいと強く思う気持ちからくるものだった。しかし、タイガは今まで交際してきた者とは違う。特別な存在だ。自分が強く求める分、相手の出方を勘繰ってしまい、これからどうやって関係を進めていけばいいのかわからず途方に暮れていた。 「それ、いいかも。」 内心の喜びをタイガに悟られぬように、落ち着きはらって答えた。 この流れにまかせてもう一歩踏み込んでみるか…。カツラはタイガが欲しくて仕方がなかった。タイガが自分の返事に喜び満足していることを確認し、言葉を続けた。 「今日はどうする?場所の確認も兼ねてうちにくる?」 「え!今日はいいよ。」 その返答は思いもよらない拒絶だった。タイガには深い意味はないのかもしれないが、カツラはうろたえた。しまった、間違ったかと踏み込み過ぎたことを後悔した。内心焦り、タイガの様子を確認する。 軽いやつだと思われていないか。 「ちゃんと鍵ができた時にお邪魔するよ。」 タイガの返答にそっと胸をなでおろす。タイガに気を使わせないように軽い感じで返事をしておく。 「そう。わかった。」    カツラは翌日早速スペアキーを注文した。早くタイガとの愛を育みたい。出来上がったスペアキーをしばらく見つめる。自分にもようやく特別な存在ができた。一人、タイガとの妄想にふける。  その時カツラははっとし思い出した。そういえば、全然使っていないスペアキーが一つあった。返してもらわなければいけない。彼女がもうそれを持つ必要はなくなったのだから。  カツラはツバキに電話をかけた。

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