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第60話 運命の日
「大切なひと」そうカエデに伝えたときに自分の気持ちにしっくりきた。カツラは人生に必要不可欠な大切な人だ。初めて会ったときに感じた、かけがえのない宝物を見つけたような気持ちを思い出す。会いに行かなければいけない。自分の正直な気持ちをカツラにきちんと伝えなければ。いくら時間がかかっても構わない。今他に好きなやつがいようとも。必ずカツラを取り戻す。
タイガは自分の目指す方向性が見え、カツラに会うべく計画を立てた。カツラの態度を考慮すると、確実な方法はやはり店だろう。家に行きたいと言えば、この間二人で出かけようと誘ったときのようにうまく逃げられてしまうかもしれない。今タイミングよくタイガは『desvío』の仕込み時間に出入りできる立場だ。打ち合わせの日に昼飯をねだればカツラと二人きりになれる。早速カツラにメールを送る。次の打ち合わせ前に昼飯を頼むと。
しばらくしてカツラから返事がきた。昼飯を用意しておくと。タイガは気持ちが高まるのをそっと沈め、その日を指折り数えて待ちわびた。
当日。『desvío』の前に着いた。いよいよなのだとドアを開ける。と、なにやら店内が騒がしい。不思議に思い足早に厨房を抜けカウンター内に入った。スタッフが数名いる。ウィローもいた。タイガは店内をさっと見回しカツラを探す。どこにいるのか?
いた、奥のテーブル席に。店長とあの男、トベラと三人で座りなにか話し合いをしているようだ。以前店で見たとき、カツラはトベラを嫌っているようだった。しかし、今の二人は親密そうに見えた。トベラのカツラを見る目は例のいやらしい目ではなく、優しく思いやりのある目に変わっている。そしてカツラは...。彼は時々トベラに話しかけ、やつの答えに笑いながら相槌を打っている。そこからは険悪なムードは一切感じられなかった。
タイガが奥のテーブルの様子を注視していると、ウィローがタイガに気付き声をかけてきた。
「タイガさん。こんにちは。今日打ち合わせですよね?」
全意識が奥のテーブル席にむいていたタイガは急に声をかけられてはっとし、咄嗟に答える。
「うん。そうなんだ。」
そして今日は何故営業前にこんなに人がいるのかと疑問に思ったことをウィローに尋ねた。
「今日は棚卸の日なんですよ。次いでに掃除もすることになっていまして。タイガさん、店長呼びますか?」
なんともタイミング悪くそんなこともあるのかと落胆の色を隠せない。自分はカツラと二人きりになるために来たのだ。打ち合わせの時間まではまだ少し早い。ショックのあまりカツラとの昼飯の約束もすっかり忘れてしまい途方に暮れる。どうすべきかと考えていたら、ウィローがタイガが止める間もなく店長に声をかけに行ってしまった。
「店長、タイガさん打ち合わせに来ていますよ。」
「え?まだ早くない?」
タイガは戸惑い、一人さっきからいる場所にたたずんでいると、ウィローの話を聞いて一斉に三人がこちらに視線をむけてきた。カツラと目が合う。そしてトベラが勝ち誇ったような視線を投げかけてきた。
タイガは邪魔をしてしまったように感じ、気まずく居心地の悪さを感じた。しかしカツラはタイガの存在に気付いて、微笑み立ち上がった。彼がこちらにむかってくる。
「昼飯だろ?用意してある。」
いつもと変わらぬカツラの対応にほっとする。タイガは久々に目にする彼の美しさに愛おしさが胸にこみ上げた。そしてカツラの一言で昼飯の約束を思い出した。
「でも、今忙しいんじゃ?」
慌ただしくしている店の様子を気遣いそう答えた。
「毎回やっていることだから。それにもうお前の昼飯はできているんだ。座って。」
そう言ってタイガにカウンターの一席を進めた。カツラは約束通り昼飯を準備してくれていた。今日はビーフシチューのようだ。旨そうな匂いに食欲がそそられる。
「俺はまだむこうでしなければいけないことがあるから。食べ終わったら適当にその辺にいるやつに声かけて。」
「えっ。あ、わかった。」
そう返事するしかなかった。カツラはまたトベラと店長がいる奥のテーブル席に戻って行ってしまった。タイガが座るカウンター席からは彼らの様子を確認することはできない。背中に意識を集中しながらの昼飯は食べた気がしなっかった。
全て平らげ誰に声をかけようかと辺りを見回すとウィローが厨房から顔をゆがませてこちらにやって来た。彼の様子は具合が悪そうだった。そのまま見ているとウィローは店長のほうに行きなにか話している。そして何度も頭を下げ店内を後にした。
なにごとかと思いそばを通りかかった店員の一人に聞いてみると、ウィローは腹を下しかなりひどいとのことだ。さっきからしばらく姿を見ないと思っていたら、トイレに駆け込んでいたようだ。
その後店員たちが話し合をいはじめ、「無理無理。」とか「用事がある。」「一人じゃできない。」など声が聞こえてきた。彼らの様子をなんとなく見ていると店長がこちらに歩いた来た。時計を確認するとそろそろ打ち合わせの時間だ。
「お待たせ。打ち合わせ、奥のテーブルでしようか。」
そう言って手招きをされた。そして彼はカツラを振り返って続けた。
「カツラ、明日ウィローの代わりに頼まれてくれるか?」
カツラに関することなので意識を集中し耳をすます。
「掃除?別に構わないけど?」
「掃除は今日しているんじゃ?」不思議に思いそばに立っていた店員に尋ねた。すると彼は掃除といっても今日の掃除ではなく、月に一度する、この酒瓶たちの掃除なのだと棚いっぱいに並べられた酒瓶を指さした。
店長の方針で毎月きれに掃除をすることが決まっているらしい。量もすごいし、場所を置き間違えると大変なので、みんなやるのを嫌がるそうだ。ベテランは一人でできるが、慣れるまでは二人で協力してやらないといけないと。さっき店員たちが話していたのがこのことかと合点がいった。教えてくれた店員はまだ話していて、適当に聞いていたのだが、ある一言が心に響く。
「時間かかるから仕込み前にしなくてはいけなくて。早朝から取り掛かるんですよ。それもあってみんな嫌がるんです。」
「これだ!」明日はそれをカツラがするのだ。さっき店長から頼まれていた。「明日が運命の日になる。」今日来た意味があったと気持ちを新たにタイガは打ち合わせのテーブルに着いた。
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