大きく胸が波立ち、気道を一瞬詰まらせた。 「…なんて？」 「…照れるなぁ。何度も言わせんなよ。彼女出来たの。」 「いつから？」 「1年くらい前から。」 頭の中がバチバチと弾ける。 背中からぶわりと汗が吹き出る。 か、の、じょ。 一言、一言、噛み砕くように口にしてみたが、 全く飲み込めない。 とりあえず頭から吐き出して、マサトから出された言葉を一生懸命に理解しようとしたのに 全く駄目だった。 どんどん下がってく体温をどうにかしようと 平常でいようとする僕に マサトは気づいていないようだった。 呑気な彼は笑う。 「おいおい拗ねんなよ。悪かったって！ なかなか言い出すタイミングなくてよぉ。」 「え？あ、うん。そっか。びっ、ビックリした…。」 カタコトで出た僕の声は情けなくて、 今まで積み上げてきた『わきまえ方』も『誤魔化し方』も全て運用出来ていなかった。 落ち着け落ち着け。 大丈夫。 だって、彼が女の子の方が好きなのは普通なんだから。 これぐらい覚悟してたよ。 うんうん。大丈夫大丈夫。 「と、とりあえず。おめでと。」 「おう。ありがとう。」 はにかむマサトは確かに可愛いマサトだけど そんな彼の表情を今は素直に喜べない。 でも僕はいつも通り、良き友人として話を続けなければならない。 バレないように、自然に。 「な、なら。なんでこんな卑猥な本を僕に見せてくるのさ。まさか…要らなくなったから僕にくれるとかそんなんじゃないよね？」 とりあえず取り繕えた顔で彼に聞くと マサトは何も感じとることなく 僕の質問に答えた。 「いや実はさ。彼女とはまだセックスしてなくて。した方がいいのかと迷ってて。 でもそんないきなりは興奮しないというか 実感がわかないというか。 お前の反応見てそれが普通だって確認したくて。」 「せっ…くす。そう、そうなんだ。へぇ。」 もうそこまでいってる関係なんだ。 なんて、馬鹿にしたように言いたかった。 嫌味ったらしく、傷ついたと言わんばかりに 責め立てたかった。 でも、勝手に傷ついているのは僕で 彼は何も悪くない。 何より今ショックなのは、 恋人の有無を彼から感じ取れなかったこと。 なんでも理解しているつもりだった。 小さい頃からの付き合いだもの。 なのに、このザマ。 悔しくて憎たらしくて まだ見ぬマサトの彼女のことを考えるだけで 胸を掻きむしりたくなった。 勢い余って唇を噛みそうになったが、 僕は何とか耐えて マサトの肩に優しく手を置いてた。 「そんなの、急がなくたって大丈夫だよ。 そういうのはゆっくり考えればいいじゃん。 まずは相手を大切にしてあげるところからじゃない？」 いけしゃあしゃあと出た僕の台詞は 模範的で理想だった。 そんな僕の対応に そうかなぁ、なんて笑うマサトは 頭を恥ずかしそうに掻いた。 イライラする。 僕なんて、今すぐにでも襲ってやりたいぐらいの 気持ちなのに。 なのに、マサトの良き友人の僕がそれを許さない。 「はぁ、もっと早くミキに伝えときゃ良かったなぁ。 そうすればこんな迷わずに済んだかも。」 「あはは。そう？」 繕った笑いは顔の奥の筋肉をギリギリと音を立てさせる。 ネジの回りが悪いカラクリ人形みたい。 僕は自分の怒りを沈めるように 醜い心をそっと意識の外に投げ込んだ。 結局僕は その日、帰路についても心のザワつきを抑えることは出来なかった。