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第6話

 片思いをこじらせたあげく、とうとう誘惑に負けた。ある夜更け、ごそごそやっても雨音にかき消される吹き降りに乗じて決行した。  気分は過酷な任務も「ちょちょいのちょい」で、こなしてのける凄腕のスパイだ。しずしずと起きあがり、膝立ちになって、下段を囲う木柵からいくぶん身を乗り出す。  深呼吸ひとつ、梯子の縦棒を摑んで、ゆるゆると伸びあがる。手汗がすごい。ずるりとすべって寿命が縮まった。  心理的にはハードルが高くても、物理的には懸垂の要領で躰を持ちあげるくらい楽勝だ。目線が上段の枠の、その(へり)と同じ高さに達するまで数秒足らず。あとは慎重にカーテンをめくる、という重要なミッションをやり遂げしだい退却するだけだが、そこで躊躇した。  ひとりエッチがたけなわのころに、うなじの産毛が逆立ってみろ、ムードがぶち壊しだ。逆鱗に触れて、雪也との間に深くてでっかい溝ができる真似はやめるべきだ、と良心が訴えかけてくる。  鼻息でカーテンがそよぐにつれて理性と欲望がせめぎ合い、なおさら逡巡する。だるまさんがころんだ、と鬼の役が叫んだように海斗はぴたりと静止した。そして、てめえのヌケ作ぶりに呆れた。  布団をかぶってアレコレ致していた場合はアナニーに酔いしれるさまを観賞するも、へったくれもない。第一、覗きの現行犯で捕まったときは「寝ぼけた」という言い訳は通用するのか?  未練たらしく梯子にぶら下がっていると、内側から体当たりをかましたようにカーテンが波打った。ヤバい、逃げるが勝ちと、あわてて下段へ戻りかけたものの、なんだか様子がおかしい。  海斗というネズミがうろちょろしていることに気づいて撃退するため不意打ちをかけてきたというより、うなされてもがいている。 「おい、どうした。大丈夫か」  と、おっかなびっくり訊いてみても(いら)えはない。さしずめ魔族と遭遇して死闘を演じている、というふうだ。蹴りやられたとおぼしい上掛けが、木柵からはみ出した。 「入るぞ。他意はない、誓ってないからな」  弁解がましく断ったうえでカーテンの端をつまんだ。未遂に終わったとはいえ、プライバシーを侵す寸前だったのはまぎれもない事実だ。ぎくしゃくと梯子をのぼり、ところが、ためらいがちに木柵を跨いだとたん予想の斜め上をいくことが起きた。

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