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第8話

「ひとつ借りだね、何かで埋め合わせするよ」  だったらアナニーを実演してほしい……なんて足下にひざまずいて頼み込んだ場合の反応や、いかに? ふたつ返事で蕾をさらしてくださったときは逆に焦る。いや、願望がすぎる。ふつうに蹴り落とされて、おしまいだ。  横殴りの雨が、ぴしぴしと窓を叩く。平皿にシリコンラップをかぶせたように、べったりくっつかれた恰好で沈黙が落ちた。  夢心地という次元を通り越して、海斗は地球の裏側に突き抜けるほどの墓穴を掘り進めている気がしはじめた。雪也の感覚ではじゃれ合いの範疇(はんちゅう)でも、将来的には彼に至純の愛を捧げたい身としては、ぼうっとなるやら、ときめくやらで心臓が破裂しそうだ。  図らずも〝ラブラブ両思い〟からの~〝いちゃいちゃ三昧〟の疑似体験ができるのはありがたい、ありがたいのだが……。  股ぐらが猛獣の棲み処さながらの年ごろにつき、要注意なのだ。後生だ、俺を敷布団になぞらえたうえで寝心地を確かめるように、ずり下がるのは勘弁してくれ……!  雪也を突き飛ばしざま跳ね起きた。上段の天井は低い。まともに頭をぶつけた反動でうずくまったところに、掬いあげる角度で顔を覗き込まれた。 「サッカー部のエースストライカーでも、ドジるときはドジる。珍しい光景が見られたのはルームメイトの特権だね」  そう、言葉が紡がれるのにともなって朱唇が美しいカーブを描く。盗める近さにある、それ。花盗人(はなぬすびと)は罪に問われない。では、キス泥棒は?  理性をつなぎとめる鎖が、ちぎれるイメージが脳裡をよぎった。海斗は咳払いして、むせた。スポーツマンシップに(もと)るが、事故を装って朱唇をついばむのは、か。  雪也はちんまりと座り、しかも首をこちらへ向けて突き出し気味にしている。まさしく、お誂え向き。唇に唇をちょんと押し当てるのは、ディフェンダーをかわしてシュートを放つより遙かにたやすい。  雨音が、キックオフを告げるホイッスルのごとく響き渡る。海斗はさりげなく、にじり寄った。朱唇が射程圏に入り、あとは隙をついて盗むだけだが、あたかもファウルを取られたふうだ。  ハーフパンツの中心がもっこりして、ひじょうにマズい。あたふたと身をよじり、木柵を乗り越えた。  深夜に、どっすんばったんやれば苦情が殺到する。とはいえ緊急事態だ。梯子を下りる手間を省いて、ひらりと飛び降りた。

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