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第2章 キじも泣かずば撃たれ舞
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「ちょ、ちょお、何しよるん?」
雇用主が、バイトを壁に追い詰める。
「貴様はオレのものだ」
バイトが息を呑む。
雇用主が顔を近づける。
「誰のお陰でここに住めている? 誰のお陰でここで食っていけている? 誰のお陰で生きている?」
「そ、そないなこと」
「頼んだ覚えはない?とでも言いたいのか?」
バイトが怯えたような表情を向ける。
雇用主が吐息を漏らす。
「まあ、それもそうだよな。だがな、もう遅い。貴様を生かすも殺すもオレの機嫌次第だということを」
雇用主が手を伸ばし―――
*
とあるマンションの一室。
「うぅむ」
彼女は、息詰まる余り頭を掻き毟った。
ケータイ画面に表示させた顔写真と、PCモニタの作業ウインドウを見比べる。
「何が、違うのか」
その問いに応える者はない。
窓の外に、その渦中の人物がいるのも知らず、彼女は一人仕事に戻る。
カーテンを引いたままの、薄暗い部屋の中で。
二つのモニタだけが煌々と光を放っていた。
**
とあるマンションの中庭。
(なんやろ?このギャラリー)
マンションはコの字型になっており、中庭はその通路側に面している。
正午にもかかわらず、住人たちは昼食そっちのけで中庭を眺めている。
女性の高い声が方々で上がる。
ご近所お誘い合わせの上、女性たちは中庭を見つめる。
そこには。
学ラン姿の中学生が黙々と雑草を抜いていた。
(視線が痛いんやけど)
第2話 キじも泣かずば撃たれ舞
1
「お疲れ様です、ヨシツネさ――」事務員の伊舞 が何もないところで転んだ。
運ぼうとしていたお茶を床にぶちまけた。
失礼しました、と。てきぱきとこぼした茶を拭きとる。運よく湯のみは割れなかったようだ。
「優秀なんか抜けとるんかようわからへんな」
「使えるから問題ない」支部長サンはモニタから眼を離さない。
「さよかぁ」
岐蘇 不動産。略称はKREと書いてクレと読む。
ここいら一体の不動産や賃貸物件なんかを管理している。地元では知らない者がいないほどの有名企業。
本社もどこぞにあるらしいが、ここは鎌倉支部。
1階を店舗に宛がい、支部長サンは2階と3階を住居にしているんだとか。
いま、午後2時を回ったところ。
「昨日は大丈夫だったか?」支部長サンが聞く。相変わらずこっちを見ていない。
「せやった。おま、テキトーなことフカしよったんと違うん?」
事故物件だとかいって脅かして。
びくびくしていたこちらが莫迦みたいなほど、静かな夜だった。
「何もなかったならいい。そのまま住んでもらって構わない」
「あのでっかい屋敷、俺にタダで貸すんが惜しかったんやろ?」
「タダじゃないだろ? 一発目の仕事ご苦労だったな」
翌日起きると、支部長サンが枕元に座っていた。
事故物件うんぬんかんぬんよりもむしろそっちの方が恐ろしかった。
連絡先を聞き忘れたから直接来た、と言っていたが。伝えたかったことはバイトの内容。
管理しているマンションの中庭に雑草が生え散らかっているので駆除しろ、と。
朝が弱いので学校と眼と鼻の先の住居を希望したことが早々にバレた気がする。
「最初のバイト代は、目覚まし時計の現物支給のほうがよさそうだな」支部長サンが鼻で嗤った。
「やかましわ。使われるミブンやさかいに、初回くらい四の五の言わんと従ってやっただけやん。せやけど次はな」伊舞が淹れ直したほうじ茶を受け取る。「ああすまん。おおきにな。なんやったかな、ああ、せやった。ああゆう雑用は勘弁したってな? 俺は肉体労働は向かへんの。こっち、アタマで勝負したってくれへん?」
「身体で払うとか言ってなかったか?」
「そないな意味と違うわ。ああ、しんど。俺を顎で使うん、お前くらいやで」
支部長サンは基本が仏頂面なので内面が読みづらい。どこまでわかっているのか、底の見えない部類だと思う。
年は俺より二つ上なので、それでも中三。
なんだ。大して変わらないではないか。
「ふむ、頭脳労働か。ああ、悪い」支部長サンがケータイを耳に当てながら事務所の裏手に移動する。
パーテーションに隠れて、姿が見えなくなった。
「ほんまに偉そうな奴 ちゃな」
「実際に偉いですよ、若は」伊舞が悪気なく言う。「次期社長ですし」
確かそんなことを昨日も言っていたが。
「それこそ親の七光りゆうんと」
「若の母上が現社長です」伊舞が言う。
「むっちゃ七光りやん」
支部長サンはなかなか戻ってこない。戻って来たときに投げつける苦情を考えておこうか。
「ヨシツネさんはほうじ茶がお好きなんですね?」伊舞がカウンタを片付けながら言う。「そのお茶どうですか? 口に合います?」
「ああ、ええよ。美味しいわ。飲みやすいし」
「もしよろしければ、そのお茶屋さんご紹介しますよ?」
「おおきにな。近いとこなん?」
「おい、喜べ」支部長サンが戻ってきた。「お望みの頭脳労働が入った。行くぞ」
「は?」
有無を言わさず連れてこられた先は、そこそこ大きな屋敷。電車とバスと徒歩で辿り着いた。最後の坂がきつかった。雑草抜きまくった足腰にとどめを刺された。
で。
「どの辺が頭脳労働か説明してほしいんやけど?」
「そう急くな。まだ始まっていない」支部長サンは遠慮なく玄関に上がる。
「入ってええの?」
「俺の実家だ」
「はあ、さよかぁ」
なんで。なにがどうなって。
支部長サンの実家に連れて来られているんだ?
「おぬしか」
急に視界に白髪のジジイが現れて吃驚した。
「誰なん?」支部長サンに訊く。
「じーさん」
「へ? お前の?」
「そうだが」
「随分と礼儀正しい小僧だな」ジジイが言う。「こんなガキが使い物になるのか?」
「ええ、勿論です」支部長サンが自信満々に肯く。
この偉そうなところがちゃんと隔世遺伝している。まだ会ったことがないが、社長も偉そうだったら隔世じゃなくて岐蘇家の血筋ということになる。
ひたすらにどうでもいい。
そんなことよりさっさと帰って伊舞にほうじ茶の仕入れ先を案内してもらいたい。
「小僧、名前は?」ジジイが言う。
ほら、自分が名乗るよりも先に相手に名乗らせる。
孫とそっくりじゃないか。
「聞こえとらんのか?」
「藤都巽恒 や。そっちは?」
「岐蘇盛仁 だ。孫の、実敦の祖父で、いまはKREの会長をしとる。社長の任は娘に譲って、ゆっくり隠居の身だ」
ただの権力者じゃないか。
「巽恒君とやら。では、わしと」
宝探しだ。
2
「あかん。圧倒的に不利や」巽恒が頭を抱えて動かない。
岐蘇不動産――KREの入社試験の最終面接。会長と社長の両者がそれぞれ直接合否を判断する。
俺の行動は逐一監視されている。事務員の伊舞は、支部長である俺の行動を会長と社長に報告するという条件で、支部で事務員をすることを許されている。
つまり、俺が昨日、素性不明の家出同然の中坊を拾って、タダで物件(曰くつき)を提供した挙句、バイトと称して労働させていることは、すでに会長にも社長にも知れている。
早速、会長であるところの祖父に呼び出された。
その小僧を連れてこい、と。
どうせ隠し事はできないので、さっさとお披露目して、堂々と。
まずいな。そうか。
社長の面接があるか。
不安になってきた。
「あかん」巽恒がうわ言のように繰り返す。「もうあかん。意味わからんすぎて頭痛いわ」
「俺がいるだろう?」
「それがいっちゃん心許ないんやけど」
「俺の実家なんだから、勝手は俺がよく知ってる」
「住んでたことあらはるん?」
「ない」
「それは実家と言わへんのと違うん?」
そうなのか?
「帰ってもええかな」巽恒があからさまに嫌そうな表情になる。
「そう早まるな。宝探しなら何度も経験がある」
「ほんまなん?」
「見物だがな」
巽恒の短い神経が切れる音がして。
その音が聞こえるや否や、背中にのしかかられた。
軽い。
が、どこを押さえれば動けなくなるのか、身体が熟知している動きだった。
「もうイね、おま」
襖が開いて、会長が姿を見せる。
「ほれ。隠し終わったぞ」
「来おったな、キソジジイ」巽恒が眼を光らせる。
やる気はそれなりにあるらしい。
巽恒としてもせっかく見つけたカモを手放したくはないだろう。
俺の側の事情に気づいているのかは半々だが。
気づいている上で利用しているのだとしたら。
それはそれで。良いやら悪いやら。
会長が宝を隠したという大広間に入る。襖を外して面積を最大限に拡げている。
嫌がらせ極まりない。
「宝はこの部屋の中だ」会長が嬉々として説明する。「制限時間は三十分とする。わしの時計でだ」
「あんなぁ、訊いてええか」巽恒が背を向けたまま言う。大広間の中央に立っている。
「なんだ?」会長が返事する。
「宝ゆうんは、具体的に何なん?」
「うむ、それを言うてなかったな」会長が親指と人差し指でサイズを示す。「宝というのは、我が家の家宝。このくらいの純金でできた馬の」
あれ?
ない。
「俺はその金の馬見つけたったらええんやな?」
「その通りだとも」
おかしい。
さっきまでここに。
「さよかぁ。で? そのまさかやとは思うんやけど」
ちょっと待て。
まさか。
「その金の馬。これと違う?」振り返った巽恒の手にあったのは。
間違いなく。
会長が隠したはずの家宝で。
会長の顔が凍りついたのが横目で見えた。
会長が俺の顔をちらりと見る。
知らない。
俺は何も知らない。
「端っからおかしいとは思うとったんや」巽恒が家宝を握り潰さんという力で圧迫する。「相手はこの根性ひんまがった支部長サンとおんなじ血の通っとるジジイやさかい。これでなんも仕掛けてきぃひんほうが不気味やろ?」
「ど、どうやってそれを?」会長は現状の理解が追いついていない。
「どうもこうもあるか!!」巽恒が声を張り上げた。「特にそこの、自分関係あらへんみたいにスカしとる支部長サン? 逃がさへんで」
気づかれた。
大広間が無駄に広いから誤魔化せると思ったのだが。
「お前も同罪、いや共犯やさかいにな」巽恒が家宝を放り投げて大股で向かってくる。
シャツの襟首を掴まれた。
「イカサマ甚だしいのと違うん? なんや、弁明あるか」
家宝は視界の隅で無事に会長の手に戻ったのでちょっとホッとした。
「あったところで、言わせないだろ?」
会長は嘘は吐いていない。
宝は確かに、この部屋内にあったのだ。
ただそれが、部屋内に(いた俺のズボンのポケット内に)あった、ていうだけで。
「おま、この宝探しの勝率どんくらいなん?」
「まず無理だな。支部長の俺にいきなり関節技をかける不敬な社員なんかいないだろ?」
「せやな。いよったら面接落ちて、ほなさいならやさかいにな」
ぱちぱちと手を打つ音がした。
「いやあ、素晴らしい」会長が満面の笑みを向ける。「合格だよ。藤都くん。文句のつけようもない早期解決だ」
「こないなインチキで合格したとこで嬉しないわ」
気が抜けたのか、巽恒が掴んだ手を緩めてくれた。
「会長サンも相当意地が悪いのと違うん?」
「台本と演技でなんとでもなる面接より、人となりが面白いくらいに露呈するからな。おぬしは先手必勝で、出題者の裏を読むのが得意のようだが」
「否定はせんわ。この調子で社長サン面接も攻略したいんやけど? なあ、社長サンは?」
「ここにはいない」訊かれたので答えた。
「呼び出しがあるまで仮メン状態ゆうこと? まどろっこしいな」
巽恒がトイレで席を外している間に、会長と作戦会議をした。
俺が本社に呼び出されることは、社長が現職である限り絶対にない。
会長は俺に甘い。
俺が選んだというなら、例えどこの馬の骨だとしても。
「わしが止めたところで止まらんだろ? 頑固なのはわしも同じだ。無論、あの子もな」
社長は。
「そもそも会ってくれないでしょうね」
面接までによほどの功績を上げていれば嫌でも耳に入るか。
「よさそうな案件があれば、優先的にこちらに回していただけますと助かります」
「隠居の身に何ができるかはわからんが、伊舞から悪い報告はもらっとらん。昨日の今日で見極めも何もないだろうが、伊舞があそこまで言うのなら、わしは見守っていくだけだな」
「ちなみに、どのような報告を?」
「スパイからの報告をターゲットに漏らす奴があるか」会長があきれたように言う。「伊舞はお前さんのとこでお茶汲みニコニコ接客させとくには惜しい。ユキのやつが本社をおもちゃにするのを諌められるんは、伊舞くらいのもんだからな」
「おもちゃにしてるんですか」
ユキというのは、俺の従兄に当たる。本社のメインプログラムの管理担当。
「詳しくは知らんが、地下は占拠されたと聞いたな」
「そいつは、ご愁傷さまで」
巽恒が戻ってきたので作戦会議は終了した。帰ってきたタイミングからして、途中から聞かれていたような気がしないでもないが、別段聞かれて困る話でもないので問題ないだろう。
とにもかくにも、会長のお眼鏡には叶ってくれた。形式上の審査だったとしても、通ったのであれば覆ることはないだろうから。
よし。
まずは第一関門突破。
「なんや嬉しそやな」巽恒が言う。
桜が咲き始めている。
風で咲き始めの花びらが舞う。
雪のような。
「本社ゆうんは行かへんの?」
「行きたいのか?」
まだ少し肌寒いが、上着を羽織れば気にならない。
三月の最終週。
「お前は行かへんの?」
「社長に来るなと言われている。いわゆる出禁というやつだ。来なくてもいいように、支部なんてのを作った」
駅に着いて電車に乗る。
そこそこ空いていたので、並んで座った。
「電車通学せんでええの楽やな」巽恒が言う。
「高校はどうするつもりだ?」
「気ィの早いやっちゃな、センパイ。中高一貫と違うん?」
よかった。
そうしてもらえると、4年間は同じ敷地内に通える。
「おま、仏頂面かと思うとったけど、割と顔に出はるな」
「そうか?」
出ていたのなら気をつけよう。
「会長サン、悪い人やなさそうやったな」
「聞いてたろ?」
「カネやんがスパイやったんは地味にショックやわ。一緒にほうじ茶買いに行くん、やめたほうがええんかな」
駅に着いて電車を降りる。
駅前のメインロード沿いに、KRE鎌倉支部はある。
「聞かれたくない話なら、あいつの前ではしないほうがいい。そもそも基本はこちらの味方だ。注意した方がいい奴は追々紹介する」
巽恒に紹介したくないやつのほうが多くて困っている。
できるなら会わないでいてもらいたい。
「おかえりなさーい」伊舞は支部の出入り口の掃き掃除をしていた。「どうでした?」
「知ってるだろ」
「おめでとうございます、巽恒さん。改めてよろしくお願いしますね」
もう夕方か。
あ。
しまった。
「実はもう一件、頭脳労働があるんだが」
「なんやの?」
正午に巽恒が草取り労働をした(させた)マンションに行く。
知り合いのマンガ家が住んでいる。彼女に顔を出せとせがまれていたのだ。
「ほーお、君が新入りくん?」
楓江 エメ。ペンネーム。本名は知らない。
化粧気はないが、誰にも会わないからいいだろう、といういい加減なスタンス。薄手のシャツに、緩めのジーンズ。アンダーリムのメガネをかけている。
彼女がドアを開けた瞬間に、巽恒が光速でのけぞった。そのまま通路の壁まで後退。
「どうした?」
様子がおかしい。
蒼褪めて小刻みに首を振っている。
「おうおーう。随分なリアクションだね」エメさんは面白がるが。
「や、やめ、近寄らんといて」
絶対におかしい。
「サネくん、彼、いつもこう?」エメさんが訊く。
「いや、そんなはずないんですけど」
「じゃあ原因は、エメさんかな?」
「あの、昼になんかしました?」からかったりとか、からかったりとか。
「いんや、そうじゃなくってね」エメさんがにやりと笑う。「ちょっとベタだけど、女性恐怖症、とか」
「ちょお、命令や。どっかやって、そのチチ!!!」あの巽恒が半泣きになっている。
父?
「こっちじゃない?」エメさんが自分の胸部を指さした。シャツのボタンを三つも開けている。「おっぱい恐怖症とか?」
「なんだそれは」
「おえぇ」巽恒はついに俯いて嘔吐モーションに入ってしまった。
「おい、さすがにここで」背中をさするために近寄って屈んだ。
「ごめんごめん。こんな状態じゃ挨拶も無理そうだね」エメさんが言う。ドアノブに手をかけながら。「次来るときはもうちょい厚着しとくよ。んじゃ、ばーい」
エメさん退場。
男の従業員が増えたら顔を出せと言われていたのでわざわざ連れてきたのだが。
出直す羽目になった。正直、用事は一回で済ませてもらいたい。
そんなことより巽恒の容態だ。
「大丈夫か? 吐くなら移動するぞ?」
立たせようとしたところを逆に掴まれる。そのまま勢いを付けて立ち上がってくれるのかと思いきや。
なにを。
されているのか理解するのに時間がかかった。
息が。
できない。
ぬらりと絡まるそれは。
舌か。唾液か。
両方だ。
「あーーーーーーーーー、しんどかった」巽恒が唇についた唾液を舌で舐めとる。「あのチチ姉やんは? 用事はええの? 頭脳労働させるんやろ?」
は?
いま、
なに。
「暗なってきたな、帰ろか」
「ちょっと待て」
いま、
お前。
「何したかわかってるのか」
唇と口腔内にまだ強烈に残っている。
熱と。
粘膜の味が。
「ちゅーくらいでそないにビックリせんといてよ。あ、初ちゅーやった? そらすまんかったね。せやけど事故みたいなもんやさかいに。ノーカンにしてくれはってもええよ」
「ノーカンて、お前」
あれか?
俺がおかしいのか?
「早う帰らんと。ほうじ茶の店閉まってへんよね? カネやんに連絡」
「知らん!!」
時間差で自分の心臓の音が大きすぎることに気がついた。
***
とあるマンションの一室。
彼女は電話をかけている。
「あー、もしもし? ヘレンカイゼリン様? そ、でっす。エメさんことグウィネッドです。はい、お忙しいところすみませんね」
室内は相変わらず暗く、PCモニタだけが煌々と明るい。
「朝の件なんですが、判明しましたよ。そうです。さっすが、お察しの通り、イニシアチブが逆だったんですね。なんと!」
先ほどドアの隙間から覗いていた光景を思い起こし、彼女はほくそ笑む。
写真を撮っておけばよかったと、これほど後悔したことはいままでない。
「ははは、そうですよね。フツー逆なんです。フツーは出資元のほうが強いですよねぇ。すーっかり騙されました。こりゃ相当ヤラれちゃってますよ、サネ君」
すでに作成した原稿のデータはお蔵入りにし、新たにプロットを練り直さなければいけない。
しかし、疲労感も虚しさもなく、むしろ高揚感に満たされていることに彼女は。
「ひっさびさに滾っちゃいました。創作意欲」
人知れず微笑むのであった。
次回予告
4月に入り、巽恒は俺と同じ中学に入学した。
先輩たちに依頼され、夜の騒音問題解決のため、神社に泊まり込む。
「もちろん夕飯は自給自足ね」
おそらく本気だったキヨさんと。
「つーか、戦らん」
長らく拳を封印したシゲさんと。
KREアフターサービスとしての最初の仕事に当たる、巽恒は。
「牛若丸、とか?」
次回 第3話
『キ険、人を嚇 す』
そして、あの山から鬼が降りてくる。
「出て来い! どこにいやがる、俺と」
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