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第4章 キ告収拾
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「大勢で花見するん、迷惑なん。やめてくれへん?」
すっと頭に入ってきた。
意味も意図も、不思議と心地よい声も。
見下ろしても頭のてっぺんしか見えないってのに。
どんな表情をしているのか、のぞき込みたくなった。
どんな顔で笑うのか、見てみたくなった。
ので、
「もうやめた」
あいつらのがっかりする顔よりも、もっと見たいものがあったから。
そのあとあいつらが何を言って何をしたのか、全然覚えてない。
たいてい怒ってたような気がするけど。
「よかったね」
クウだけがそう言って笑ってくれた。
「牛若丸、とか?」
それが名前だろうか。
会わなければ。
どこにいるのか。
神社には行かないと約束したので。
いつもの感覚に従って。
山を降りた。
幽霊屋敷だから近づくなと言われていた家。
気配がする。
ここに、
いる気がする。
勝手に入ってはいけない。
えっと、
ドアを。
「壊さんといてな」
あの声がした。
大あくびをして、そこに立っていた。
「おはようさん」
「おはよう、ざいます?」
もう昼だけど。
「なんじょうここ、わからはったん?」
「なんとなく」
「ゆうと思うたわ。まあ、上がりぃな。話あるんやろ?」
家の中は、
いい匂いがした。
大きな家だとは知っていたが、なんで幽霊屋敷なんかに住んでいるんだろうか。
「ええとこやろ? ああ、事故物件ゆうの、気にしてはるん? なんも起こってへんで。問題あらへん」
用意してもらった座布団に座る。
障子と窓を開け放つ背中を見ていた。
「そないにじろじろ見やっても、なんも出ぇへんで?」
なぜ。
背中に眼があるのか?
「せやけど、ほんまでっかいな。ほんまに小坊なん?」
正面に、
縁側に背を向けて座った。ので逆光で顔がよく見えない。
「学校は、行ってない」
「らしいな。行ったほうがええで? ニンゲン中で暮らすんやろ?」
「明日から行く」
「ええ心がけやな」
まだ、
笑わない。
「ああ、なんやったっけ、武世来ゆうんは」
「やめてきた」
眼を、
ちょっと大きく開いた。
「やめた? やめられるん?そないな簡単に。大将やろ?」
「大将?」
「ああ、そか。大将やから、やめられるんやね。盲点やったわ」
顔を伏せて手で顔を覆う。
全然見えない。
「揉めたんと違うん?」
「怒ってた」
「せやろな。大将が一抜けしたさかいに。武世来は終わりなん?」
「さあ」
「幹部ゆうのがいてるんやったね。大将交代ゆうことなんかな」
どうでもいい。
「どうでもよさそやね」
なんで。
「顔に書いてあるわ。鏡見たったらええよ」
そうなのか。
知らなかった。鏡なんか見ないから。
「で、俺に何の用なん? 眠ってるとこ叩き起こしよって」
「悪かった」
「もうええわ。さすがに起きひんと」
伸びをする。
Tシャツの袖がめくれて、白い二の腕の内側と、腋が見えた。
「まさか襲いにきたん?」
襲う?
そうゆうことは、考えていなかった。
「童貞なん?」
「いや」
「せやろな。わかるわ」
なんでこんなにバレてしまうんだろう。
何も言っていないのに。
「ヤりたいん?」
手が。
「ええよ」
勝手に。
「せやけど、親に心配かけるんはあかんえ」
止める。
あと一ミリで顔にさわれそうだった。
「なんて、親元飛び出して好き勝手やっとる俺が言う資格なんあらへんけどな」
手を引っ込めた。
またその、
闇の中の影みたいな顔を。
しないでほしいのに。
「俺が、親に謝って、学校行ったら」
あんたは。
「どうしたら、何したら」
喜んでくれる?
笑ってくれる?
「アポなしで他人の家上がり込んで、わざわざ心入れ換え報告しよって、なんじょうそないに必死になっとるん? わけわからんやっちゃな」
知りたい。わかりたい。
教えてほしい。
何にもわからない俺に。
「せやけど、せやな。その獣みたいな生活改めて、ニンゲン中で暮らす覚悟ができたら」
また会いに来てもいい。
その人は、
口の端だけ上げて笑った。
その顔が忘れられなくて。
また、
会いに行こうと思った。
第4話 キ告収拾
1
日曜に昼まで寝ていたことを憶えてくれていたのだろう。
だからわざわざ、昼休みに学校を訪ねてきた。
いっぱしに気が遣えるところは高評価に値する。
社長サンの機嫌が悪すぎる点を除けば。
「昨日、家に来よったん。んで、家帰って学校行けゆうたら」
「随分仲良くしてるみたいだな」
雇い主に配慮して、包み隠さず言ったのに。
言わないほうが良かったかもしれない。
怒りで気が狂いそう、みたいな顔をしないでほしい。
「あいつとは二度と会うな」
「独占欲強すぎるん、窮屈なんやけどな」
しまった。売り言葉に買い言葉。
攻撃は最大の防御、みたいな会話は、日常《こっち》ではあまり得策でないのかもしれない。
社長サンはすっかり機嫌を損ねて、一切口を利かなくなってしまった。
このままスピード解雇、てことにはならないと信じたいが。
社長サンの底は周りが思うより真っ暗闇てことなんだろう。
放課後。
もたもたしていたら社長サンは先に帰ってしまった。支部に顔を出しづらいが、出さなければ出さないで機嫌が悪化することは明白。
校門付近がまだがやがやと騒がしい理由は、すぐにわかる。
「おつかれ、す」群慧 が出待ちしていた。
野次馬を睨みつけて人だかりを追い払う。なんでこんな入学直後から全校生徒の衆目の的にならなければならないのか。
「あんなぁ、ガッコは」
「行きました」群慧が鞄を見せる。教科書類が詰まっているはずなのに、彼が持つと空気みたいに軽そうだった。
そうか。小学校は中学より早く終わる。
「ずっと待ってたん?」
「はい」群慧は当然と言わんばかりに肯く。「かばんを」
「いらんいらん。中身入ってへんさかいに」
つい数日前まで、泣く子も黙る武世来 の大将張ってた輩を顎で使ってあまつさえ鞄持ちなんかさせたら、幹部のお礼参りの目印でしかない。
「自分、めっちゃ目立つんわかってへんの?」
「あいつらなら、なんとかします」
なんとかしなければいけないような状況なのかどうなのか。それが知りたいのだが。
とりあえず、支部には顔を出さないと。
支部はワンサイドミラーになっているので、店から少し離れた死角で群慧を待たせた。
「遅かったな」社長サンの刺すような目線から、
群慧と一緒だったことがバレていることがわかった。
それもそうか。校門はいくつかあるが、俺と社長サンの帰る方向は同じ(支部に直行するなら)なので、出待ちの群慧を見ていないわけがなかった。
「来てるんだろ?」
「ついて、来てるん。追い払うても無意味やわ」
「懐かれて、結構なもんだな」
駄目だ。何を言っても爆ぜた火種にダイナマイトを投げ込んでいるだけだ。
カネやんが、小刻みに首を振っている。いまは刺激するなということだろう。
「社長サン、休み取ってええ?」
「何日要る?」
「ええて。今日だけやわ」
なんとかして群慧を置いてこないと。
支部から出ると、群慧が殺気を散らして待っていた。
「俺から離れないでください」
さっそく、言わんこっちゃない。
見知らぬ顔が、二つ。
「俺が何しに来たのか、わかんねぇほど落ちぶれちゃいねぇだろうな」
頭が真っ黄々で、眼と口が異様にデカい。インコとかオウムとか鳥類を連想させる。前髪で隠しているが、左眉の中ごろが傷の跡で途切れている。知らない灰色の制服だが、高校だろう。
「私は別にどっちでもいいんですよ。止めませんけど、怪我すると面倒なんで、さっさと終わらせてもらえます?」
しっとりした黒髪の大人しい雰囲気だが、手の内を決して明かさない。常に相手の不利な場所から、高みの見物と決め込む。そうゆう性格のいやらしさが滲み出ていた。インコとまた違う制服。こっちも高校だろう。
「場所変える」群慧が顎でしゃくった。
俺も、行くのだろうか。
離れるなと言われたので、行かざるを得なさそうだ。
1+
そいつは変な奴だった。
図体はデカイくせに、態度は全然。
真っ黒い見た目して、中身は吃驚するくらい真っ白。
いや、空っぽか。
何も入ってないから、何にもなれるし、何にも染まらない。
気に喰わない。
いまだって俺と互角かその上ってことは、ここから更に強くなるってことだ。
外も、内面も。
俺より強いのは百歩譲って許すとする。
なのに、
「もうやめる」
なんだそれは。
首根っこ掴んで真意を探ったが無意味だった。
こいつがもうやめると言ったら、
もうやめる以外の意味はない。
「やめてどうすんだよ」
「やることがある」
やることったって。
「ここにいちゃ、出来ねぇのかよ」
なんだこれ。
引き止めてるみたいじゃないか。
「できない」
「だろうな」
だからこそのもうやめるなんだろうし。
「わかった」
でも、
お前がいなくなることに対して納得できない奴らのほうが多いだろうからそのときは。
俺が、
なんとかしてやる。
だから安心してやりたいことってやつを。
「どうやら惚れちゃっただけらしいですよ」モロギリがいつもの謎ルートで調べてきた。「もうぞっこんみたいで、家にも押し掛けてべったり。やりたいことって、そういう意味なんじゃないんですかぁ?」
んだよ、それ。
空っぽだったはずのお前がようやく見つけたやりたいことだっつうから。
俺は、
なんともできない。
してやりたくない。
「あのオニが、どこの馬の骨に骨抜きにされたのか、見に行きたくありません?」
モロギリが俺をけしかけているのはわかっている。
でも、それでも。
テメェの入れ込んでる女の顔を拝むくらい、問題ねえだろ?
「それが、女じゃないんですよ」
は?
「あれぇ? 吃驚しませんね」
そりゃあ。
何遍クウとヤってるとこに遭遇させられてると思ってんだ。
あいつらもっと静かにこっそりヤれよ、て俺が何千回注意したと。
「どうします?行きます?」
どうやって居場所突き止めたのかは今更聞かないが。
オニが後ろに隠したそいつが、
そうなのか。
クウとだいぶタイプが違う。
クウはどっちかというと暗めで、なんつーかぱっとしない。
比べてこいつは、暗くはなさそうだが、暗いというよりもっと深く濃い色。
一度見たら眼に焼きついて、消えない。
「あ、名前」
「いまここでゆうたら憶えられてまうやろ? あとでな」
漫才か?
移動先は、いつもの公園。のひとけの少ない広場。
ギャラリーをなしにしたかったからか。こうゆう細かいところにいちいち気が回る。
風で葉桜が舞い散る。
「戦んなら来い」オニはそう言うが。
いや、戦ってもどうせ俺は勝てない。
そうじゃない。
ケンカしに来たんじゃなくて。
「テメェがやらねぇんなら、俺が取る」
俺がヘッドを代わる。
「そんためのタイマンだ。手ェ抜いたら承知しねぇぞ」
オニの連れとモロギリがベンチに座っている。
なんかくっちゃべってるようだが、生憎それどころじゃない。
「いいのか」オニが聞いているのは、
本気でやっていいのか、やったら怪我じゃ済まない、という確認じゃない。
武世来を任せていいのか、という覚悟の度合い。
「もちだ! 来い!」グーをパーで負かす。景気のよい音が鳴った。
オニは手加減してた。
手加減しなかったら冗談じゃなく俺が死んでた。
痛みもそんなになかった。
空が紅い。
「愉しそうですね」モロギリがにやけ顔でのぞき込む。「手ェ、貸しましょうかぁ?」
「いい。テメェにあんま借りつくりたくねぇ」口の中の血を吐き出す。「オニのやつは?」
「とっくに帰りましたよ。ああ、お陰で一通り聞き出せましたよ。彼が嘘吐きでなければね」
名前は。
「あ」モロギリがとぼけた声を出す。
「あ、じゃねぇだろ。名前聞かねェで何聞いたんだよ」
まあいいか。
武世来は、
俺がなんとかしてくから。
でもたまには、
顔出してくれるとうれしい。
本気で戦れんの、お前だけだから。
2
「なんや、ええ奴やな」
「はい」
武世来の大将引き継ぎ会を終えると、すっかり夕暮れ。
しまった。群慧を置いてくる作戦が、むしろ逆になってないだろうか。休みが一日で足りるか不安になってきた。
「モロギリと、なんか」
「モロギリ? ああ、さっきの」
自己紹介をしたくなかったのでおのずと向こうの名前も聞いていなかった。
向こうが得するような情報は漏らしてはいないはず。
「しっかし、あっちはスカっとわかりやすう青春したはるのに」
「スサです」新大将の名前。
「モロギリゆうんは、なんや、ヘビみたいなやっちゃな。こう、ねっとりべっちょり絡みついてもうて」
「あの、やっぱりなんかされて」
「見てたやろ? なーんも」
群慧は、スサと決闘(殴り合い)をしながら、視線はこっちにあった。
スサとやらが気づかない程度に、俺の心配をしていた。もし俺に何かあれば、すぐに止めに入れる程度に。
青春にあてられて疲れたのか、足が勝手に家に帰ってきてしまった。
「ほんならね」
「泊まっていいすか」
「帰りぃな。約束やろ」
「じゃあ、名前」
「聞いたら帰るん?」
群慧はううん、と眉を寄せる。一泊と名前を天秤にかけているらしいが。
「あんなぁ、泊めるなん、ゆうてへんで?」
「返事も聞いてないので」
昼間の付き合ってください、のアレか。
そうだった。思い出しただけで頭が痛くなってきた。明日学校サボってもいいだろうか。
「返事を」
「わーったわーった。名前も返事もしたるさかいに。今日ですっぱり終わりにしよか」
「終わり?」
「返事はお断りや。俺は誰のもんにもならへんの」
「一緒にいた奴すか。あいつが」
「あれは雇い主やさかいに。それ以外のなにもんでも」
「じゃあ、なんで一緒に」
「一緒になん、いてへんやん」と言ってから思い当たる。
確かに。神社のときも、校長室でも一緒にいた。のを群慧に見られている。
「雇い主やさかいに。あれの会社でバイトしてるん。一緒にいてるよう見えるんは」
「じゃあ俺もバイトします。そうしたら」
「それができひんゆうとるんや。社長サンは」
「俺が? なんだって?」
噂をすれば。生垣の陰から、社長サンが出てきた。
最悪すぎる。
大方先回りして待っていたんだろう。とすると。
最初から全部聞かれていたことになる。
「あの、社長サン」
「うちのバイト連れ回しやがって」
「そのバイトさんから、あんたのもんじゃないって、聞いたんすけど」
これはアレだ。
俺のために争わないでってゆう。
なんだ?修羅場?
「は?俺の物に決まってるだろ?」
何その自信。
「勘違いすよ。誰もそう思ってないんすから」
だから煽るなって。
幽霊屋敷と名高い家な上に、周りに民家がないのが救いだが、さすがに家の軒先で火花散らされたら迷惑だ。
「昨日からストーカしといて、いまだに名前も教えてもらえてないくせに、でかい顔すんなよ、でっかいの。ああ、ストーカだから教えてもらえないのか。可哀相にな」
「社長サン、もうそんくらいに」
しないと、たぶん。
手か足が出る。
「とっとと山に帰れ。テメェには、お山の大将がお似合いなんだよ」
「あのう、ちょっといいですか?」
ほら、見知らぬ通行人に注意を受ける。
「すんません、あの、家入りますんで」
「こちらこそ、うちの元大将がご迷惑かけてすみません」その前髪の長い黒縁眼鏡の地味な青年は、
無理矢理群慧の頭を下げさせて、力づくで群慧を連れていった。
群慧が抵抗しなかったとはいえ、群慧を力づくで?
そもそも群慧が抵抗しなかった?
「うちの元大将ってゆってたな」社長サンの頭はすっかり冷えたようだった。
いまの怒濤の意味不明な状況を見せつけられたらそうなるか。
武世来の幹部か?
何はともあれ助かった。あのまま社長サンが群慧を煽り続けていたらと想像したら。
間違いなく死体が転がっていた。
まさか事故物件というのはそうゆう意味じゃないだろう。呪い的な。
「明日は休み取らせないからな」社長サンが駄目押しで言う。
「わーっとるわーっとる。きっちり一人ぽっちで行ったるわ」
有言実行をモットーにしているから、言いたくはなかったが、そうでもしないと、社長サンが大人しく帰ってくれなさそうだったから。嘘も方便とも言う。
しばらくは家の鍵とか窓の鍵とか、しっかり確認したほうがよさそうだ。
2+
変な奴というか、不思議な人だった。
そこにいるのに、いないような。
いないように感じると、実はすぐそこにいたり。
最初に誘ったのは僕のほう。ちょっと寂しかったから。
オニは、拒まなかった。
来るもの拒まず、去るもの追わず。そうゆうスタンスだってのはわかってたから。
そこにつけ込んだつもりが、僕のほうが絆されてた。
ミイラ取りがミイラになってた。
「余計なことしやがって」オニが地鳴りのような低い声で脅す。
「あの子?」
「ああ?」
「気が立ってるね。使う?」
「いい」
「だろうね。ヤるんなら、あの子とシたいんじゃない?」
オニの顔が、耳まで真っ赤になった。
「本気すぎてヒく」
とりあえず、九九九 階段の前まで引きずってきた。
これをぜんぶ上ると、オニの家。
「あの子とお隣さんだね」
「あ」
「うれしそう」
心底惚れてるのが改めてよくわかったよ。
「でもライバルが手ごわいね」
「あんなのに負けねえよ」
「KRE鎌倉支部の支部長じゃん? オニのじいさんの学校通ってる中坊がだよ。しかもKREの次期社長。スペックやば。この時点で負けてるよ」
「そんなんで勝っても」
「じゃあ、どうやって勝つ?」
「ぶっ飛ばす」
「そうゆうのがもう負けてるよ。世の中はカネだから。カネがあるほうが強い」
「一般論はいい」
「そうだね。必勝法はないけど、力づくで、はやめたほうがいいよ。暴力は何に対しても不利」
「気をつける」
「素直なのがいいとこだね」頭を撫でようと思って手を伸ばしたら、
屈んでくれた。
こうゆうところが、好きなんだけどな。
「応援してるよ」
「助かる」
「一晩一緒に考えようか?」
「いい」
「そ。じゃあ、ここで」
好きな人ができたら、(仮)はお払い箱か。
喜ばしいけど、嬉しいんだけど。
やっぱりちょっと寂しいよね。
「ありがとな」
「どういたしまして」
と言っても、僕なんかで役に立つとは思えない。
恋だの愛だのの経験値がなさすぎるし、何をどうやったらあのパーフェクトスペックに勝てるか見当もつかない。
誰か、こうゆうのに強い人は。
いた。
いるじゃん。
うちの幹部に。
そうと決まれば。
「死ねば?」
間違えた。
丁寧に謝って電話を切る。
「なに?」
今度は合ってる。
でもさっき間違えた相手がきっと隣で聞いてる。
「折り入って相談があるんだ」
「明日なら」
「学校終わったら時間ある?」
電話口の向こうで罵詈雑言が聞こえるけど、
それを無視してちゃんと応対してくれる。
「オニのこと?」
「お見通しだね」
「いいよ」
「ありがとう」
やっぱり持つべきものは、仲間だね。
みんなオニに幸せになって欲しいって、願ってるんだよ。
「ううん、やっと恩返しできる」リマはそう言って、電話を切った。
3
翌朝。
「おはようざいま、す」群慧が玄関の外で待っていた。
「おはようさん」
さすがに社長サンはいないようだったが。
「毎日続けよるの?」
「迷惑でなければ」
「迷惑やゆうたら」
「明日からやめます」
明日、ということは、今日はこのまま学校までついていくということだ。
学校までものの3分の距離を。
過保護すぎないか?
朝方は晴れているが、夕方から雨という予報。
「傘」
「せやから、荷物持ちはせえへんといてゆうて」
「すんません」
それでもなんだかんだ、こちらの言いつけはきっちり守ってくれるなら、先に予防線を張っておくことが唯一絶対の対抗策ではありそうだ。
「あんなぁ、朝の迎えも、帰りの待ち伏せもなし。支部に来るんも禁止」なぜなら社長サンが殺されるから。「自分が聞きたいん、俺の名前やろ? 名前ゆうたったら満足して」
「それで終わりってことすか」
「終わりや終わり。武世来やめて、家に帰って、学校行って、フツーにニンゲン中で暮らしてくんやで」
予鈴が鳴った。
「すまん、時間やさかい。ほんなら」
追ってきてない。
よし。
走れ。
朝から走らなくていいように、わざわざ幽霊屋敷に住んでるってのに。
「あの社長ってやつぶっ殺したら、俺と付き合ってくれますか」
思わず足を止めて振り返ってしまった。
群慧は、
「学校終わったら、あいつ殺します」
ひどい、
顔をしていた。
対象が定まった明確な殺意。
本気か、と。
聞くまでもない。
間違いなく、社長サンの余命は放課後まで。
本鈴が、
遠くで聞こえる中。
入学して1週間も経たずに、無断欠席するハメになるとは。
社長サンが殺されるのは困る。
だって、そうしたら。
明日から路頭に迷うことになる。
それだけは絶対に嫌だ。
3+
不思議な人というよりかは、あったかい感じ?
傍にいるとほっこりする。悲しい気分もじんわりとほどける。
見た目はちょっとだけ怖く見えるけど、厳しくて優しくて頼もしい。
わたしがゴミに囲まれてたとき、そのゴミをぐちゃぐちゃに潰してゴミ箱に入れて、わたしを助けてくれた。
あのときのことは、いまでもくっきりと憶えてる。
オニちゃんはきっと忘れてるけど、わたしはずっとあのときの恩返しをしたかった。
それが、やっとできるから。
わたしはとってもうれしい。
放課後。
クウちゃんに呼ばれて一緒にカフェ。
「似てる?」
「僕に? 全然。とゆうか僕とオニは別にそうゆうんじゃないし」
わたしはアイスティー。
クウちゃんはコーヒー。
「いい子?」
「どうなんだろ。周りに配慮はできるぽいけど、あ、そうそう、ライバルがね、ちょっとやばくて」
KREの次期社長。
「肩書だけ」大したことない。
「でもこの肩書に勝てる人いる?」
「恋は肩書じゃないよ」
「それはわかってるんだけど」
ずずずずず。
隣でメロンソーダ飲んでたクマちゃんがストローから口を離す。
「相手男?」
「うん」クウちゃんがうなずく。
「ばっかじゃないの。死ねば?」
「クマちゃん、静かに」
周りの人が吃驚してこっち見てる。
クウちゃんが代わりに謝ってくれた。
「どうすれば勝てるかな?」クウちゃんは真剣。
「殺す?」ライバルがいなくなれば。
「さすがにそれは」
「いんじゃない? 殺せば?」
「リクマさまも」クウちゃんが苦笑い。「オニならやりかねないけど」
「オニちゃんのいいところが伝わればイチコロ」
「暴力と性欲?」
「あの、リクマさま、ごめん、奢るからちょっと静かにしててほしいです」
ふん、とクマちゃんが鼻を鳴らしてメニューを開いた。
クマちゃんダイエットしてたと思うんだけど、ま、いっか。
「会える?」オニちゃんの好きな人。
「直接アドバイスってこと? 今日も一緒だと思うけど」
電話かけてみよっと。
「あ、こないだまた壊してた気がする」クウちゃんが言う。
つながらないのは、そういうこと。
「新しいの買ったら教えてもらおっと」
「ね、案外買いに行ってるかも」クウちゃんが指をさす。
クマちゃんがスフレパンケーキ食べ終わるのを待って、ケータイショップをのぞきにいく。
いない。
駅の周りのショップ全部回ったけどいない。
歩き回って疲れちゃった。
ちょっと休憩。木陰のベンチに座る。
「てかあのバカ、ケータイなんか要らないでしょ?」クマちゃんが髪をいじりながら言う。「誰がどこにいたって、なんとなく、とかいって突き止めちゃうんだもん。どうゆうアタマしてんのよ」
こうやって噂してたら、ふらっと来てくれたりしないかな。
「もういい? リマもバカとバカに付き合ってないで。バカになるわよ?」
クマちゃんは全部わかってて言ってくれてる。
「ごめん。時間取ってもらったのに。今度目撃したらすぐ連絡するよ」
クウちゃんもクマちゃんのそうゆうとこを全部わかったうえで言ってる。
「オニちゃんが困ってるなら、助けたいって思っただけだよ」
「リマ」クマちゃんが溜息。
「ありがと」クウちゃんが微笑む。「じゃ、また連絡する」
暗くなってきちゃった。
空も曇ってきた。
「帰る?」
「あのバカの居場所なら、おんなじバカに聞けば?」クマちゃんがケータイを耳に当てる。「2コール以内で出ろって言ってるでしょ? そうそう。バカの入れ込んでる。へえ、会ったことあんの? 知ってることぜんぶ教えなさいよ。メール? そんなの打つより直接来たら? 10分なら待つわ。そう、駅前の」
呼んだのは、たぶん。
「大丈夫よ。あたしが守ってあげる」
モロギリは、9分で来た。
「私で役に立てば、ですけど」
わたしこの人、
好きじゃない。
4
社長サンには、あとで全部説明する、とだけメールを入れて、電源を切った。
無断欠席。
無断欠勤。
どっちも、やりたくなかった。
それを同時にやってしまった。
今更名前を教えても、はいそうですかと帰りそうにない。
現に、俺の家に上がり込んで、地蔵みたいに動かない。
いっそ一発ヤらせたら、諦めないだろうか。
いや、それこそバレたら、社長サンに。
「俺じゃ、駄目すか」
ついに押し倒された。
抵抗するのが面倒なので、そのまま仰向けでいる。
「せやから、誰でもあかんわ。俺な、好きなやついてるん」
ゆうに事欠いて。
「ウソですね」
「ほんま、何遍生まれ変わっても届かん片想いやさかい。アホの極みやろ?」
横を見た。
庭が見えた。
「こっち見てください」
「見たとこで、届かへんよ」
ばん、と畳を叩かれる。
穴が開いてないといいのだが。
「好きなんです」
「名前も知らんのに?」
「教えてください」
「聞いたら帰るか」
沈黙。
「ヤりたいんやろ?」
肯定。
「ヤらはったらええよ。んで、さいならや」
否定。
「それは、嫌です」
「ほんなら、明日から俺に付きまとわんと」
「それも、嫌です」
ぎゅうと、抱きつかれる。
痛い。
ぎりぎりと、骨が軋む音がする。
「駄々捏ねるなや」
すんすん、と首の後ろの匂いを嗅がれている。
大型犬みたいだ。
学校が終わる時間までに何とかしないと、絶対に社長サンがここに乗り込んでくる。
こんな状況見られたら、また違う、もっとヤバい問題が勃発する。
やっぱり気の済むまでヤらせてお帰り願うしか。
ないか。
「あんなぁ、提案なんやけど」
突然、群慧が上体を起こし、あさっての方向を見つめる。
「どない」した、と聞こうとしたが。
「すんません、ちょっと」と言い残して。
出て行ってしまった。
あれ?
いまから学校行ってしまうか?
4+
あったかい感じなんかしない、むしろ冷徹に冷酷に。
私が知っている彼は、皆が讃えるような人格者とはほど遠い。
気に入らないものは徹底的に破壊し、粉々に砕け散っても尚、その手を止めない。
それが物であろうと、人であろうと、一切の加減がない。
初めて会ったとき、全身に走った衝撃は、悪天候の稲妻か氷河期の吹雪か。
スサは良くも悪くも単純だから、彼の本気を見極められていない。
彼の本気は、我々の手には余る。
誰の手にも収まらない。超特大の異物。
彼の特技は、ケータイなどなくとも、用があればその場所に呼び出せること。
スサが自己満足で殴り飛ばされた、ひとけのない広場。
私はただそこで待っているだけ。
「なんだ?」
ほら、すぐにやってくる。
どこにいても、誰といても。
「テメェもぶっ殺されたいのか」
「いえいえ、私はスサみたいな熱血くんではないので」
どす黒い雲が拡がってきた。
「今日は学校サボったんでしょう? 知ってますよ。どこで何をしてたのか」
朝から昼まで、例の少年の家。
そして、このあとは。
「ナタカさんも迷惑してるんじゃないですかねぇ。そろそろ本腰入れようかってときに、どこかの誰かさんが、もうやめるとか言うもんだから」
「武世来とナタカさんは別だ」
「別って。相変わらず面白い理論というか、滅茶苦茶ですね。そこがあなたの魅力ではありますがぁ」
風が少し冷たい。風向きも変わった。
ごろごろと、予兆のような雷鳴。
「ああ、雨らしいですよ。傘あります?」
「いい。降る前に戻る」
「入れ込むのも結構ですが、どっちも中途半端ってのは、あんまりよろしくないと思うんですよねぇ」
「テメェに口出されることじゃない」
「私の狙いがそもそもここにあったと言ったら?」
オニは、どうでもよさそうに暗雲を見ている。
本当にどうでもいいのだろう。
それとも、同じ暗雲の下にいるであろう、あの関西弁の少年のことを考えているか。
「ま、もうあなたは武世来とは何の関係もないですし、武世来がどうなっていくのか、ナタカさんが何をしようとしているのか、どっちも気にしなくていいんじゃないですかぁ」
「行く」
「はいはい。お気をつけてぇ」
冷徹で冷酷なあなたが、実はかなりのお人好しでお節介だってのも。
ぜんぶ知ってた上で、
いままさに最高の状況ができてるんですよね。
武世来の頭があなたのままじゃまったくもって都合が悪い。
いつか、どうにかしてあなた以外の、例えばスサみたいな何も考えてないお飾りが取って変わってくれたら。とか、ずっとずっと、それこそ繰り返し、何度も何度も夢想してたんですよ。
それが、
取って、変わってくれたんですよ。
最高の引き継ぎ茶番。あの少年がいなかったら、はらわたが捩れて呼吸困難になっていました。
そのくらい、最高の。
「と、いうのが、直接聞き出した情報です」
リクマ様とリマさんがご入り用とのことだったので、当たり障りなく加工して提供した。
「ふうん、たまには役に立つじゃない」
「ありがと」
情報を吐けば用済みとのことで、早々に放り出された。
こちらとて、あの二人とコーヒーショップに長居するのも時間の無駄なので。
さて、私は私のやりたいことをしましょうか。
「あれー? モロちんじゃん。おっひさー?」ダイは、ビニール傘を差して、そこに立っていた。
間もなく雨が降ってきた。
数メートル先が見えなくなるくらいの、豪雨が。
「その呼び名、なんとかなりませんか? 毎度お願いしてるんですけど」
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