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出会い 2-4

夕人は、母と新居に戻った。 「夕人、部屋のエアコン付けておいたから、2階に上がって休んでなさい。 出来そうなら、自分のペースで荷物の片付けしてたらいいから…無理はしないでね」 「うん………。」 母はそう言うと、リビングに入っていった。 カチャ、カチャと陶器の擦れる音。食器類の片付けの続きをし始める。 タン…タン…タン…… 階段を上がって2階フロアに出る。 2階には広いテラス式のベランダと、居室が3部屋。別で収納スペースとしてウォークインクローゼットまである。 先住の人間は子供のいない若夫婦と聞いていた。急な転居により売りに出す事を決めたらしく、居住年数はわずか2年ほどだった。 ーー前のマンションとは、全然違うんだな…。 一人息子の相模家には広すぎるほどの間取り。 どの部屋も大して使われておらず、傷みのある場所などは見当たらなかったが、母の立っての希望で、壁紙クロスは全てリノベーションし張り替え済みだった。 階段を上がって1番奥側の部屋、南向きのテラスの東側に当たる場所を夕人の部屋として父母は決めていた。 ーーこのプレート…。 部屋のドアには、見覚えのある、木の板でできたプレートが掛けられていた。 “ゆうと の へや” 荒削りの板に、拙い文字で彫られたそのウェルカムプレートは、夕人が小学生の頃に作ったものだった。 ーー懐かしい。こんなの、まだあったんだ… 母さん、物持ちよすぎだろ。 そう思い夕人は照れ臭くなったが、をドアから外すことはしなかった。 これまでの思い出や、父と母からの、少しでも早く新居に慣れてくれたら、という気遣いが感じられたからだ。 部屋のドアノブに手をかける。 『ガチャ………』 一面真っ白なクロス、清潔感の感じられる、綺麗な部屋。 ダンボールが数箱、すでに持ち込まれていた。 建物西側には家は無く、路地に面していたため、西側の広い部屋よりも、隣家のすぐ横に当たるこちらの部屋が防犯上一番安全と思われた。 隣家に面した窓にはすでに新しいカーテンが掛けられている。 壁紙に合わせて、カーテン色も白で揃えてあった。とても、清潔感の感じられる、父と母の気遣い。夕人はカーテンをゆっくりと開けた。 すぐ横には隣家の建物…同じように居室があるようで、同じような作りの窓がすぐ隣り合わせとなっていた。 隣家の窓にかかっているカーテンを眺めた。ビビッドイエローの明るさを感じる色、子供部屋だろうか?と思った。少し隙間の開いたレースカーテンからは、生活感が感じられた。 「ーーーどうしよう…。」 夕人は力が抜けたように、床に座り込んだ。 ーーーついさっきあったことが、まるで夢のように感じられる。 肩にかけられた、黒いジャケットを脱いだ。夕人には羽織っただけでもだいぶオーバーサイズの、スポーツジャケット。 服の裏地に着いたタグに目をやる。 “LL”のサイズ表記と、スポーツメーカーのロゴが印字されているだけだった。 ーーーどうしよう…せめて、名前だけでも聞けてたら。 ちゃんと上着を返さないと、という思い…ただそれよりも、とにかくーーー ーーもう一度会いたかった。 きちんとお礼も言えてない。しかも、見ず知らずの自分を助けてくれたにもかかわらず、無意味な嘘をつかせてしまった。 すごく失礼な態度を取っていたのに、ずっと、“大丈夫”と、気にかけてくれた。 あの優しいひとに…もう一度会いたい、そう思った。 『カサッ…』 ふと、上着のポケットを上から触った時、何かが入っていることに気づいた。 一瞬躊躇ったが、少しでも相手を知る手掛かりになるなら…そう思い、夕人はポケットの中に手を入れた。 カードケース…? 中を見ると、それは、市立図書館のカードだった。 顔写真の横には生年月日、そして、その下には、名前が書かれている。 『20xx.9.5 生 HAYAMI KUGA』 ーー15歳……? 俺と、同級生だったのか…嘘だろ……? くが……はやみ………    『確か、“玖賀さん”って言ったかしら。珍しいわよねーー』 「ーーーーーー!!」 夕人はすぐさま、ジャケットを手に取り走って部屋を出た。

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