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3.発覚

ーーーー… 「はっ……はっ……はっ……」 住宅街の中を、ただ行き先もなくひたすら走っていた速生は、スマートウォッチに目をやった。 あれから20分ほどーー…そろそろ、戻ってみるか。 大きな路地に出て、横断歩道の向こうからバス停を確認すると、そこには誰も居なかった。 (良かった…ちゃんと、帰れたんだな。 ーーー“ゆうと”………って呼ばれてた) 速生は頭の中で、その名前を反芻していた。 本当は、あの時母親らしき人物が探しに来た時、事情を全て説明しようと思った。心から、心配だったからだ。 だけど、あの時の夕人の瞳を見て、それを望んでないということがすぐわかった。 だから咄嗟に口から出たでまかせで、嘘をついて逃げるよう走り去った。少なからず罪悪感はあったが、決して間違ったことをしたとは思っていなかった。 (…にしても、凄い心配性なお母さんだな。体が弱いのか? それとも……何か、他に深刻なわけが……) 速生の中には、まだどこか心配で不安の残る思いと……なぜだろう、 “また会いたい”という思いがせめぎ合っていて、不思議な感覚だった。 冷たいものが頬に当たり、ふと、速生は空を見上げた。雪がちらつき始めている。 (ーーそろそろ、家に帰ろう。今日は、もう十分走ったから) いくらランニングしているとはいえ、さすがにこの服装だと、身体が冷えを感じてきていた。 吐く息はいっそう白くなり、手がかじかんで冷たい。けど、ジャケットを貸したことに後悔はしていなかった。 ーーーもしかしたら、また会えるかもしれない。 どこかに、そんな思いがあった。 バス停を通り過ぎて、角を曲がる。 速生の家のほんのすぐ近く、あと数メートルのところまで来た時だった。 『ガチャンッ!!』 今日、引越し予定ときいていたはずの隣家のドアが勢いよく開いた。 「ーーーーー!」 そこにいたのは、紛れもなく、さっきまで自分が介抱していた、その相手の夕人だった。 「え……?なんで………」  速生は状況を飲み込めず、ただその場に立ち尽くしていた。 両手に自分の貸したジャケットを抱えたその相手が、少しずつ近づいてくる。そして速生の顔を見て安堵の表情を浮かべると、呟いた。 「良かったーーー、会えた………」 「あっ、えっ?? あの、もしかして、新しく越してくるお隣さん、って………ってことは…… まさか、同級生?」 速生の驚いた表情に、夕人は頷いた。 「……んだよもうー!!同い年(タメ)かよー!何、そんなの…全然気づかねぇし! ははっ、そうかぁ!」 気が抜けたように笑いながら話す速生は、とても嬉しそうで、そして、どこか安心した様子だった。 「んなの……俺だって、高校生か大学生かと思ってたし……。敬語使ってたのに、詐欺じゃん……」 なぜか照れ臭くて、思わず嫌味な口ぶりで話してしまう夕人は、心の中で“そうじゃなくて…”と否定している。 せっかく再会できたのに、伝えないといけないことは、もっと違う言葉があるはずだ。 「ははっ、何だよそれ!けどさ、良かった、会えて。ずっとさ、会いたかったんだよ。 大丈夫かなって、すげぇ心配で……な、あれから、大丈夫だったか?また、苦しくなったりしてないか?」 「……うん。もう、大丈夫……。 あの、さ、これ……」 夕人は気まずそうに、借りていたジャケットを手渡すのに、1歩、2歩……速生に近づいた。 「その………。ありがとう…」 やっと、言えた。 本当はもっともっと、“ありがとう”以上の感謝を伝えたかった。 だけど、今の夕人には、胸の奥から絞り出したこの一言を伝えるのが精一杯だった。 「……………うん……」 速生はもう1歩、前に出てゆっくりと近付くと、夕人の手からジャケットを受け取った。 二人が向かい合って並ぶと、身長差は15cm以上あった。だけど、今の夕人には、それがありがたかった。 おかげで、うつむいてる赤らめた顔を見られずに済んだから。 「……どういたしまして。 ーーー俺、速生。よろしくな、。」 そう言って、にこりと微笑んだ。 「……うん。あれ……なんで、名前……?」 夕人が不思議そうに聞き返したと瞬間、 「……へっくし!!」 大きなくしゃみをした速生。 夕人は、はっとした。 ーー今までずっと、外を走っていたのかよ…? この寒い中、そんな薄着で。俺のためについた、嘘のせいで………

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