10 / 95

出会い 3-2

ーーその時だった。 『ガチャッ!』 「夕人、どうしたの!?突然外に出て…」 血相を変えて家を飛び出した夕人に驚いて、母が玄関から出てきた。 「…あっ、あなた、さっきの……」 速生の顔を見て、母は不安な表情を浮かべた。さっき“帰る”と言って走っていった知らない人間が、また自宅前にいるのだ。 速生は鼻をズズッ、と啜って苦笑いした。 「い、いやぁーー…あの、その節は、どうも…」 「母さん」 夕人が真剣な顔で、母を見た。 「この人さ…本当は、さっき俺を助けてくれたんだ。歩いてたら、その、ちょっと…気持ち悪くなっちゃってーーー。 そこに、たまたま通りかかって、そのジャケットも、貸してくれてたんだ。 ーーーこんなに寒いのに……」 母は、夕人の言葉に驚いた。 速生が本当はただ道を聞いてきただけの赤の他人ではなく、息子を助けてくれた恩人だということ……夕人の態度から、何か不自然なものを感じていた母は、その事実にはすぐに納得できた。 (私の顔を、目をしっかり見て話してるわーー。 ーーーー夕人……) だけどそれよりも驚いたのは、こんなにも人間不信になってしまった夕人が、家族以外の誰かに心を開いているように見えたからだった。 「そうだったのーー、あなた、さっきはごめんなさいね……失礼な態度を取ってしまって。 夕人のこと、助けてくれてありがとう」 夕人の母の言葉に、速生は、「いえっ!そんな、人として当然のことをしたまで……です」とむず痒そうな顔で答えた。 「あなた、お宅はどちらなの?薄着だし、もし良ければもうすぐこの子の父親が車で戻るから、それからお家まで送らせてくださらない?」 「え!?あ、いやぁ…その、俺の家は……」 速生が気まずそうに、隣家をちら、と見たその時。 「コラ!ちょっとぉ!そんなとこで何してんの、ハヤーーー!」 『キキィーッ』 電動サイクルに乗った中年女性が、歩道をすごい速さで駆け降りて夕人たちの前で止まった。 ニット帽にマフラー、厚手のコートに手袋…と完全防寒のその人物は、自転車のスタンドを隣家の前にガチャン!と立てて、速生にジリジリと詰め寄った。 「げ…っ母さん…!」 「あんたぁ〜…今日お隣さんが越してくるって聞いていてもたってもいられずに、自分一人だけ挨拶してたんでしょ!私が仕事でいない間に……ほんっと失礼なことして!」 「えっ………あの、もしかして、お隣の…?」 夕人の母は完全に、狐に摘まれたような表情だった。 速生を睨み付けていたかと思うと、すぐさまくるっと夕人の母の方を振り向いて、速生の母はニッコリ笑った。 「そうです〜!今日越して来られるって聞いて、楽しみにしてましたよ、相模さん! 玖賀です、これから、よろしくね〜!」 速生の母という人物は、屈託のない笑顔で夕人の母に近づき、腕を掴んでぶんぶん振った。 「えっ、あ…よ、よろしくお願いします…! あのっ、わ、私…息子さんにとんだ失礼を……」 全てを理解した夕人の母は、慌てて速生の顔と、夕人の顔を交互に見て状況を説明しようとしたが、速生の母はそんな暇も与えない様子で喋り続ける。 「な〜に言ってんですか!うちの息子、ほんっとバカなんで…ごめんなさいね。これからご迷惑おかけすると思うけど、仲良くしてやってくださいね〜! あっ…そうそう!あなた、お名前は?」 早口で捲し立てたと思いきや、速生の母が夕人に笑いかける。 その迫力に少し圧倒されつつ、夕人はぺこっと頭を下げた。 「夕人です………、よろしくお願いします」 夕人はまだ少し頬を赤らめたまま、答えた。 速生の母は夕人の顔をまじまじと見て、「ちょっと、やだぁー!」と両手で顔を押さえて声を上げる。 「….ものすっっごいイケメン!!まるでアイドルじゃないー!夕人くん、あなた、うちの子と同級生でしょ!? 同じ中3でもこうも違うかしら〜!うちの子なんてただでかいだけのフツメンで……」 「うるっせぇよ!誰に似たと思ってんだ。 あのさ、母さん、そのくらいにして中入ったら?夕人も夕人のおばさんも困ってんじゃん。 雪降ってるし…ここマジで寒いんだけど!」 そう言われてはっとした速生の母は、 「本当だわ!ごめんね〜気付かなくて…」そう言って門の前の自転車を庭の中へと移動させた。 「ごめんな、うちの親。終始この調子…。ウザいかもだけど」 速生がこそっと夕人に話しかけると、 「………大丈夫だよ。面白いお母さんだな」 そう言って夕人は、「ふふっ」と微笑んだ。 (わ、笑ったーーーー…) 夕人の笑顔を初めて見た速生。どこか影がある、もの寂しげな雰囲気のその笑顔。 ずっと暗い表情の夕人を見ることしかできていなかった速生は、思わず心が躍った。 (母さん……グッジョブ!) 速生が心の中でガッツポーズをしていた時、速生の母が思いついたように声を上げた。 「そうだ、相模さん!お昼まだでしょ?よかったら、今からご一緒しない!?香川のおばあちゃんが送ってきてくれたうどんが大量にあるのよ〜うちで一緒に食べましょ! ね、いいでしょ!」 「えっ…そんな…!あの、いいんですか?まだお仕事から帰られたばかりなのに…そんな悪いですよ」 夕人の母が申し訳なさそうに答える。 「何言ってんの〜!!どうせ作んないといけないんだし、2人も4人も変わんないから!せっかくだし、この子達もほら、もっと仲良くなって嬉しいじゃない!」 速生母の最後のひと推しに、夕人母は折れたようで、 「えっとじゃあ…お言葉に甘えて…、あっ、じゃ私手伝います!お邪魔させてもらっても…?」 「もちろんよ〜‼︎話したいこともたくさんあるし、一緒に作りましょ!」 速生の母の迫力におされて、どんどん話が進んでいく。その姿を夕人と速生は、呆気に取られてただ見ていた。 「ちょっとハヤ!じゃあ、あんたお昼ご飯の支度できるまで、夕人くんの家の片付け手伝ってあげてきたら? せっかくデカいんだから、ほら、そこの大きな荷物とか持って上がってあげなさいよ」 「えっ………!?」 いかにも人見知りそうに見えた夕人のことを察したのか、速生の母が提案した。 他所の家に呼ばれる前に、先に同級生2人だけで少しでも仲良くなれる時間が必要かもしれない、と。 「俺は全然構わないけど……夕人、いいの?」 いきなり家に上がらせてもらっていいのか?と思った。夕人の部屋に入る、ということは、普通のクラスの友人の家に遊びに行くということとは訳が違う、と思った。 夕人は少し迷って、ちらっと速生の顔を見た。 ーーこの人なら……“速生”なら、きっと大丈夫だ……。 そして小さく頷いた。   「よし、じゃあ決まり! 準備ができたらまた呼びに行くわね、同級生でお隣って、便利ね〜! ーーほら、相模さん、上がって上がって!」 「あっ、はい!じゃあ…お邪魔します。」 終始パワーのある速生の母に手招きされると、夕人の母は慌てて玖賀家の玄関の中へと入って行った。 「…………」   「うちの母さん、コミュ力おばけだからさ。誰とでもすぐ仲良くなるんだけど、ちょっと見てて痛々しいよな……」 その言葉に夕人はまたふふ、と小さく笑うと、 「それさ、自分も変わったもんじゃないだろ……。 ーーー速生。」 「えーーー ………あっ、お、おう………。」 初めてきちんと名前を呼ばれて、一瞬ドキッとしてしまった。不思議な感覚。 (なんだか……照れ臭いというか、変な気分だ。 なんでだろう) 家族やクラスの友人から呼ばれるのとは全く違う響きーー、まるで自分の名前が自分のものではないような気がしてしまう。 なぜだかはわからない、だけど夕人には何か…どこか不思議な、人を魅了する力があるんだろうと速生は思った。 「じゃ……とりあえず、上がるーーー?」 夕人は少し気まずそうにしつつ、新居の玄関ドアを開けた。

ともだちにシェアしよう!