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進学先は…

「あっ…速生……」 泣きそうな顔で夕人のもとへ駆け寄った速生は、夕人の肩をガシッ!と掴んだ。 「なんで……夕人、なんで1組なんだよ〜〜!? よりによって1番離れるとか、意味わからねぇ!! ーーまさか、誰かの陰謀か!? ちょっと職員室に抗議しに行こうぜ!!」 「いや、何言ってんだよ…別にいいじゃん、クラスくらい…」 「よくねぇーだろぉー!!夕人……言ってみればお前はハイエナの群れに一頭放されたウサギのようなもんじゃん! このままだと、俺は心配で心配でもう授業どころじゃ…」 その必死な速生の様子を見て、伊勢がはっはっはっと横で笑った。 「ーーあっ?伊勢じゃん、いたの?何してんだ?」 速生がふと我に返ったように、問いかけた。 「何してんだ、ってお前…体育館向かってんだよ見たらわかるだろ。 …俺はいま相模くんを案内してたんだよ。 ーーな?俺ら、横の席。玖賀、いーだろぉ〜〜」 伊勢の言葉に、速生はぐぬぬ…と歯を食いしばる。同クラで、しかも隣の席とは……羨ましすぎる……! 「えっと…速生と、伊勢くんは知り合いなんだ?」 夕人の問いかけに、速生は頷く。 「そう、俺ら、同じバスケ部同士だからさ。 ーーま、バスケの腕は俺のが上だけど?」 「うっせーよ、玖賀は背高くて有利なだけじゃん。レイアップは俺のがよく決まるし。」 2人のやりとりを聞いていた夕人は「へぇ……」と相槌を打った。 ーーなんだか、変な感じだーーー…。 こういう仲のいい友人同士のやりとりというのを、間近で見ることなんて、今までなかった。しかも、今、自分もそこに加わろうとしている。 まるで、別世界の出来事のようで……不思議な感覚だった。 「ーー俺なんてせいぜい、あと3ヶ月程度の仲なのに…」 夕人がぼそっと呟いた。 3ヶ月もすれば、卒業と、高校進学でみんな離れ離れになる。この時期に編入してきた自分なんてどうせ、期間限定のクラスメイトなのに。 ーーなんで、みんなそんなに、俺に関心を持ちたがるんだろう? 「何言ってんだよ、そんなの関係ねぇから。 言っとくけど、俺は夕人のお隣さんだぜ?また引越しでもしない限り、俺からは離れられねーってわかってる?」 「えっ……」 その言葉を聞いた伊勢は、おー、こわっ、と呟く。 「相模くん。玖賀ってさ、相模くんが引っ越してくる当日ウッキウキで部活から帰ってたんだぜ? “帰ってからのお楽しみ”〜とか言いながら。ちょっとキモさ入ってるけど、もはや、恋する乙女だよな〜」 「う…うるせぇな!!そういうことは黙ってたらいいんだよ!」 速生が顔を赤くして声を上げると、周りから、どんどん他の生徒たちが集まってくる。 「えっなになに〜面白い話〜〜?相模くん、俺同じクラス、よろしくな!そうそう、東京って、芸能人やっぱり多いの?」 「ーーあっそれ俺も知りたい!やっぱりさ、美男美女ばっかなんだろ?いいよな〜!」 どんどん人だかりができていく。 ーー自分が冷めすぎていたんだろうか。 ここにいる人たちはー…、みんな、こんなにも、自分の心を開かせようと、安心させようと、話しかけて、気にかけてくれる。 どうにか、適当にやり過ごせたらいいと思っていた自分を……夕人は、恥じた。 「あのさ…そういえば、相模くんって高校はどうすんの?もう決めてんの?志望校」 伊勢が思いついて尋ねた。一般的に中学3年生という受験生が、この時期に他県に転校するということは進学先も一緒に考え直さないといけないということで。 「ーーー!!」 速生ははっとした。 (まっったく、考えてなかったーーー。そりゃ、そうだよな。 夕人……高校って…?まさか、東京の高校受けるとか!?全寮制入るとかそういうパターン…!? そ、そんなの嫌だーーー!) 速生は青ざめて叫ぶ。 「ゆ、夕人!帰んないでくれ!!せっかく仲良くなれたのに!」 「??いや、なにを勝手に……。 実はさ、俺、推薦受けるんだ。前の中学からの内申書をこの中学からそのまま推してもらえるみたいで」 「えっ!?どこ??」 周りにいた全員の視線が夕人へと集中する。 「え、えーと……市立第一、ってとこ…だけど」 「えっマジ!俺もそこ第一志望だよ。 ……なぁ、玖賀、どーすんだ?」 伊勢は嬉しそうに答えると、速生を見て尋ねた。 「…………」 速生はとてつもなく難しい顔をしていた。 実はその市立第一高校は、受験先の志望校の内には入れていたが、正直速生の成績の内申点ではギリギリの偏差値………推薦入試ではおそらく受からないとわかっていた。 狙うとしたら、一般入試ーーー。 「よし!俺も市立第一受ける! 夕人!俺、今日から勉強頑張るわ!! 勉強付き合って!」 「えっ…今日から!?そんなんで間に合うのかよ?一般入試まであと2ヶ月とかじゃねぇの? そ、そんなの……落ちたらどうすんだよ!」 「落ちたら落ちたでその時だ!何事も挑戦!!」 ーーな、なんて前向きなやつ……。 「なんかよくわからんけど、玖賀、頑張れ!俺、落ちるに500円賭けるわ!」 「じゃあ俺も!」 ……賭けになってねーだろ!と伊勢がツッコむ。 みんなで笑い合った。 ーーほんと、速生、こいつには驚かされてばかりだ、 なんていうか、すごいよ……。 本当に………。 「こら、そこーっ!始業式始まるぞー、喋ってないで急げよ〜」 「うわ、やべ!行くぞー!」 男性教師の声に、生徒たちは足早に体育館へ向かう。 夕人は、込み上げてくる何かを堪えながら、1人、白く光る上履きを見つめて、歩き出したーーー。

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