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傷跡 2-9

夕人は、父と母に、全てを話した。 その日風間に送ってもらったのは、進路相談をしていたのが理由ではなく、熱中症の症状で倒れてしまったところを車で助けてもらったのだということ。 塾での授業中の風間の態度や、不自然な距離、言葉の節々に感じる、謎の違和感。 父と母は話を聞いて怒り、すぐさま塾へと抗議しようとしたが、熱中症により倒れたことは誰でもない夕人の自己管理を怠ったためによることで、あくまで、風間は夕人を助けてくれたことに違いはなかった。 授業中の対応も、何か特別嫌がらせのような行為をされたとは言いがたく、それはまだ夕人本人が風間を“人として苦手に感じる”という範疇を超えないものと言えた。 これ以上、ことを大きくしたくないという思いが強かった夕人は、出来るだけ穏便に、風間と関わらないで済む方法をとってほしい、と父母に頼んだ。 『ーーーお電話ありがとうございます、××ゼミナールです』 「すみません、そちらでお世話になっております、相模夕人の母ですが、実は、ご相談がありましてーー……」 長電話の後、母はカレンダーに目をやって、父と話をした後、 夕人のそばに来た。 「とりあえず、1週間はお休みすることになったわ。その間に、別の講師の先生に担当を変えてもらって、引き継ぎも済ませてくれるって。 再来週からは授業内容も再編成してもらって、別の曜日に変更になるけど、今までどおり通えることになったからーーー、心配しなくて大丈夫よ」 夕人は母の言葉に安堵の息を吐く。ただ1つ、気がかりなことがあった。 「担当講師の変更理由は、あくまで“通学の曜日変更願いでスケジュールが合わないことにより”ということにしてもらったから、気にしなくて大丈夫よ。 の勤務しない曜日にしていただけるそうだから、今後、もう会うこともないと思うわ。 大丈夫よ、夕人。」 「ーーーそれでも何かあるなら、お父さんが直接、話をしに行くからな。夕人、お前は何も悪いことはしてないんだから、堂々としてなさい。いいね?」 母と父の優しい言葉に、安心、申し訳なさ、情け無さ……いろんな感情で胸が詰まり,夕人は涙ぐんで、ただ頷いた。 本当は”塾を辞める”という選択肢は一番に思い浮かんだことだった。 だが、何より夕人が自らすすんでやりたいと望んだ塾通学を、こんなことを理由に無碍にするのはおかしい、と、父と母が最善の策を考えた結果が、”担当講師の変更”だった。 だが、このことが、風間の神経を逆撫ですることになるとは、その時は、誰も思いもよらなかった。

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