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傷跡 3-2

マンションを出た夕人は警戒しながら、駅へと向かった。 いつもの道、変わらない風景。 夕方の17時、まだ日が沈みゆく夕暮れにしては明るい空の下、周りを見渡す。 辺りは仕事を終えて家路へと急ぐ人々や、買い物に出かける子連れの主婦、習い事に通う学生ーーー… 何も変わりない、日常に安心しながら、夕人は駅の改札口を通り抜けた。 列車通過のアナウンスが響き渡る。 駅のホームはちょうど退勤ラッシュ前の時間帯のためかさほど混雑していなかった。 『xx線xx駅行き、17時10分列車が5番線ホーム、間も無く列車がーーー……』 ーーーまだ5分くらい時間があるし、出来るだけ目立たないところで待とう…。 夕人がそう思い、ホームの端へ歩いて移動しようとした、その時だった。 『ガッ!』 「!!」 突然後ろから腕を掴まれた夕人は驚いて立ち止まった。 「相模くん、探したよ………」 後ろには、異様な雰囲気の、風間が立っていた。 「か、風間、さん…………」 「相模くん。どうして…僕のことを避けるの? あれから、塾の校内どこを探しても君が見つからなくて、心配したよ。 体調が悪くてずっと休んでいたのかい?」 「えっ……いや、あの………」 虚ろな瞳で話し続ける風間の様子に、どこかがおかしいーーーそう感じた。 「僕の担当のクラスから変えたって聞いて…驚いたよ。どうして、勝手にそんなことを…?一緒に頑張って行こうって約束したじゃないか。 ……さては照れ隠しかい?僕はきみに会えなくて、寂しかったよ?ずっと、待っていたのに。ひどいじゃないか、そんな試すようなこと。」 風間は、間髪入れずに話し続ける。 「きみが倒れた時、助けてあげたことを忘れたのかい?あの時もし僕がきみを追いかけていなかったら、相模くん、きみはどうなっていただろうね? きみが、あの時倒れたことを僕がきみの親御さんに伝えなかったの…どうしてだかわかるかい? これで心配してもし塾を辞めさせられたら…きみは、また、今までのように何もできない子のままだよ? だけど、これからは違う。 僕がずっときみを見守っていくから…きみはそれで、僕と一緒に、強くなれるんだ。わかるよね?」 早口で捲し立てる風間の表情は、今までに見たことのない、言葉には表せられない恐ろしいものだった。夕人は恐怖のあまり、身体が震える。 「あの…っ……ごめんなさい……俺、急いでるんで……」 「相模くん、きみは、僕がいないとダメなんだよ?きみみたいに頼りない、身体も弱い、きみ1人じゃ何もできない子はね……どこでどんな目に遭うかわからないよ。もし喘息の発作でも出たら、突然倒れてしまったりしたら、誰がきみを助けてあげられるんだ?僕しかいないよ。 僕がいれば、勉強だって教えてあげられる、どこへでも連れて行ってあげられる。 きみもあの時、『これからよろしくお願いします』って言ったよね?これは、きみのお願いだろ? 相模くん、ずっと、きみのそばにいてあげるから。僕の気持ち、わかるよね?」 風間は夕人の腕を握る手の力をギリギリと強める。 「痛い………っ、や、やめてくださいっ!!」 『バッ!』 夕人は渾身の力で、風間の掴む腕を振り払った。 「相模、くん……?」 「勘違い…しないでください。俺、そんなこと、風間さんに頼んだ覚えありません。 もう、塾も辞めます。だから、もう、俺には関わらないでーーーー」 「…………」 夕人の意を決して放った言葉に、風間は黙り込んだ。 そして、ゆっくりとズボンのポケットに手を入れると、ある物を取り出した。 「ーーー!」 「キャーーッ!!あの人!ナイフ持ってる!誰か! ーー警察っ!!」 風間の手には、サバイバルナイフが握られていた。 ナイフを鞘から抜き、鋭く光る刃を夕人へ向けて構える。 そして、冷ややかな笑みを浮かべながら、ゆっくりと、夕人に近づく。 「騙したのかい?…ねぇ、相模くん。 きみ……僕がいないとだめなんだろう?僕のことが好きで、ずっと一緒にいるって…そう言ったじゃないか…全部、嘘だったのかい?」 完全に妄想と幻覚で話をしている。 夕人は怯えるあまり声が出せず、首を横に振るしかできない。後退りしたくても、恐怖で足が動かない。 「きみは僕がいないとダメなのに……ダメだ、そんなのダメだよ。1人じゃ生きていけないよ… 仕方ないね…それなら……       きみを……殺して僕も死ぬよ」 風間はナイフを思い切り振りかぶった。 「やめ……ーーーっ!」  

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